第12話 試験終了


「ふっ──!」

 開始の合図とともにアルカが地面を蹴って俺に向かってくる。定石通り、距離を詰めにきたな。

「──はっ!」

 恐ろしい速度で剣が斜めに振り下ろされるが、それ自体は単純な攻撃。瞬時に見切り、俺は魔法式を組みながら後退。

 だが、そこで俺は、本来影も形もないはずのアルカの剣筋が、見えていることに気付いた。。

「──っ!」

 とっさに構築式を改造。反撃用の火魔法を、防御用に作り替える。

「『星光旅程ステラ・トランスウォー』」

 光のマナ(フォース)が生み出した、空間に入った亀裂のような半円から、十を超える無数の斬撃が放たれる。

「『炎の防御壁アグヌフラムマ』」

 燃え盛る紅蓮の壁に光の斬撃が消えていく。

 失敗した、と思った。

 案の定、アルカの光撃が俺の炎壁を押し広げた。

 視界が炎で塞がれ、アルカの姿を一時的に見失う。

 舌打ちをしながら体内にマナを張り巡らせ、アルカのマナの動きに集中する。

 だが、そこで俺は異変を感じ取った。

 ──マナの反応が、左右、同時に!?

 直後、炎を割って二人に増えたアルカが飛びかかってきた。

 とっさに闇魔法をがむしゃらに発動。周囲が暗黒に包まれ、左のアルカがその姿を真っ白に変える。そっちが偽物か!

 今この瞬間ほど、自分の反射神経に感謝したことはないな!

 右のアルカに風の刃を撃ち放つ。

「くっ……」

 攻勢に出ていた金髪の剣士は、自身の剣を横に倒して俺の魔法を防いだ。そこに一空白の時間が生まれる。

「──っ!」

 俺は脱兎の如く逃げ出し、その間に魔法の変換式と構築式を組み立てていく。

「『影蝋ルクラーム』でも有効打にならないとはね……でも、逃がさない──よっ!」

 魔法使い相手に距離を開けてはいけない。当然アルカが追ってくる。

 並行して様々な魔法を後方のアルカに放ち、俺は逃げる、矢のごとく、風のごとく。

「ちょっとは休憩したらどうだ!?」

「冗談、君こそそろそろ息が切れてきたんじゃないかい?」

 アルカは余裕の表情を崩さない。くそっ、この強敵感は何なんだよ!?

「だああもう、しつけぇッ!」

 たまらず俺は風魔法で浮かび上がり、上空へ避難した。

 グングンと地上を離れ、アルカの姿が指の囲いに収まるぐらいになったところで上昇をやめる。

「さすがに、ここまでは来れないだろ…………っ!」

 胸を撫で下ろそうとした俺は──上空まで届くマナの高まりに表情をゆがめた。

 視界の遥か下。運動場の中央で。

 アルカの握る剣が、巨大な光柱となっていた。

「はは、ガラクシア家の奥義か? イーラの『焦がせ炎巨人の剣レーヴァンテイン』と同等か、それ以上の威力みたいだな……」

 その出鱈目なマナ出力に、俺は思わず乾いた笑い声を漏らした。

 相殺はできない。そうすれば余波で運動場が吹っ飛び、そこにいる受験生達が巻き添えを食らってしまう。

 なら、躱すか? いや、空中に逃げた俺に対してアルカが取った手だ。きっと、回避不能な何かがあるのだろう。

 ここまで、アルカの手のひらの上だったわけだ。

 試合開始と同時に距離を詰め、俺の対応が後手になるように仕向ける。

 そうしてあのしつこい鬼ごっこの末、俺が距離をとるために空中に逃げることも織り込み済みだったのだ。

 すべては、あの一撃を当てるために。

「ちょ、ちょっとウェント!? あれ大丈夫なの!?」

 いつの間にか出てきたシルフィが血相を変えて叫ぶ。

「だいぶヤバそう」

「なんで冷静なのよ!?」

「……まあ、なんとかするしかないな」

 闇のマナスコティニアを集約し、収束させる。光には、闇をぶつけるのが一番。

 風のマナアネモスを使い、集めて束ねた闇のマナスコティニアを圧縮、圧縮、圧縮、圧縮、圧縮……。

 超過重に空間がゆがみ、マナの渦が出来上がる。

 逃げ場を失った闇のマナ(スコティニア)が低いうなり声を上げる。

「完成、即席マナ吸収魔法──『闇の混沌渦ニーグルム・フォラーメヌ』」

 汗が落ちることも構わず、俺はその闇渦を眼下の──アルカに向けた。

 同時に。

 ──果てに至る極彗星ギャラルホルン

 アルカの声が、聞こえた気がした。

 瞬時に目が焼き切れるかと思うほどの極光。

 マナを用いても人間では反応することができない光速。

 正面に構えていた『闇の混沌渦ニーグルム・フォラーメヌ』にそれが直撃したのは──ただの幸運だった。

 マナとマナのぶつかり合い。強大な力の奔流に、体が悲鳴を上げるが歯を食いしばって耐える。

「う、おおおおおおおおおおおおおおおッッッッッ!」

 こちらのマナを、全て闇の渦に。注いで、注いで、注いで──

 永遠とも思えるせめぎ合いは、光の柱が消えたことで終了した。

 同時に、遠い地上の方で、荘厳な鐘の音色。

 ようやく──二次試験が終了したのだ。

「はは、もう二度と受けたくねえや……」

 疲れ切った笑顔を浮かべて、俺は地上へと降り……もうそんなマナは残っていないので、シルフィの風に乗せてもらって、ゆっくりと降りて行った。


 運動場に降り立つと、大歓声で迎えられた。

「お前、やっぱりとんでもないな!」

「学生の身で、あそこまで至れるものなのか……」

「よく無事だったね! 死んじゃったかと思った……」

 褒めてくれるのは嬉しいが、へとへとなのでちょっと今は遠慮してほしい。

 疲れ切った顔で集まってきた魔法使いの仲間たちに応えていると、アルカが歩み寄ってきた。

 こちらも俺ほどではないが疲労が顔ににじみ出ている。

「……『果てに至る極彗星ギャラルホルン』をああも完璧に止められるとはね……僕の負けだ」

「いや、こっちも魔力切れ起こしてるし時間制限がなかったら俺の完敗だったよ。序盤はいいように踊らされたしな」

「そう、そこまでは僕の思い通りだったんだけどね……やっぱり面白いな、ウェントは。春にまた会おう」

「……すごい自信だな、アルカ。……ま、学科は違うからあまり話さないと思うけど、春になったらよろしく」

 差し出されたアルカの手を握る。澄ました顔をして、手の平は武人のソレのようにゴツゴツしていた。

 周りでは気絶していた戦士達が起き上がりはじめ、俺と目が合った瞬間に逃げていった。

 共に戦った少年たちがその姿を見て笑い声をあげ、同じ戦士科志望のアルカがなんとも複雑そうな表情を浮かべる。

 机上に始まり差別と偏見に満ちた戦場で行われた試練は、その中で新しい何かを芽吹かせた。今日この場で生まれた物が、未来でどうなるかはわからない。

 ただ、期待に胸を膨らませている自分がいるのも確かだ。

 ──まあ、楽しかったな。

 そんなありきたりな──試験の感想としては不適切かもしれない──感想を残して、俺のアンドレトゥス高等学校入学試験は、全行程を終了したのだった。

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