第11話 公爵家の剣

 俺が自信に満ちた声で言うと、最初に助けた少年が詰め寄ってきた。

「ふざけんな! そんなことできるわけないだろ!?」

「なんでそう思うんだ?」

 俺の問いに少し勢いをそがれながらも、少年は悔しそうに言葉を落とす。

「だって、俺達は数で圧倒的に負けている……囲まれたら終わりだ」

「……お前、あいつらを見てみろよ」

 どうも緊張と恐怖が残っていて視野狭窄に陥っている赤髪の少年の肩をつかんで、ある方向に体を向けさせる。

 少年の視界の先に居るのは、脱落を免れた戦士科志望者たちだ。

 今はシルフィが発生させた風の壁でこちらに近寄れないので、忌々しそうに睨みつけてい状態だ。そんな集団が俺達を、距離をあけて取り囲んでいる。


「……めっちゃ恨まれてるじゃねえか! 包囲されているのも変わんねえし!」

「そこじゃねえよ。よく見ろ。俺達とあいつらの距離はどれぐらい離れている?」

「あっ──」

 少年の背後。眼鏡をかけた亜麻色の髪の少年が気付いたようで、小さく声を上げた。

 赤髪の少年も気づいたようだ。

「武器の間合いのはるか外……広範囲の魔闘術でも届かないぐらい……!」

「そうだ。……さっき数で負けているって言ったか? この世界で、一番面制圧に長けた人種は誰だか知っているだろ?」

 状況は、先ほどまでとは全く別。

 彼我の距離が開き、包囲もされていない。

 そして──広範囲殲滅は、魔法使いの十八番だ。

「ここまでお膳立てしたんだ。いまさら泣き言なんて言わせないぜ?」

 俺の挑発に、魔法探究を志す同年代の少年少女たちは──

「「「「「──っ!」」」」」

 自信に満ち満ちた表情で頷いた。


「ここまでされて折れたら、夜も眠れなくなるだろうね」

 銀髪の麗人が、稲妻を手に纏わせて。

「うん。魔法使いを志したのに、門前で倒れては意味がないね」

 背の高い少年が、闇のマナスコティニアを収束させ。

「わ、私も頑張る……!」

 二つ結びの少女が、風のマナ《アネモス》を高め。

「ぼ、僕も……あまり攻撃はできないけど……」

 眼鏡の少年が、背が低く分厚い土壁を周囲に展開する。

「ええ──私も、お母さまから教えていただいた魔法で、道を拓きますわ」

 お嬢様っぽい少女が、うねりをあげる渦を発生させ。

「──ああ、やってやる!! 俺は、俺はあの時魔法使いを目指したことを、後悔なんてしたくねえ!」

 そして、赤髪の少年が、自分の髪色とよくにた真っ赤な炎を猛らせた。


 もうこの場に、絶望していた魔法使いは一人もいない。

 すべての人間が、覚悟をもって目の前の逆境を見据えている。

「そうだ、神秘に魅せられ、嘲笑に耐え、未知を探求してきた同志たち! 今、この瞬間が──反逆の始まりだッッッ!!」

 俺の宣言に、「応ッッッ!!」と力強い返事が返された。


 そこからは、一方的な展開だった。

 全員の魔法が準備できたところでシルフィに風を収めてもらい、同時に全方位に一斉射撃。火が、水が、風が、土が、光が、闇が、稲妻が、若い戦士達を容赦なく攻撃する蹂躙劇。

 もちろん、致命傷にならないように威力は抑えているが、それでも被害にあった戦士達にはとんでもない恐怖体験だっただろう。

 なにせ魔法使いは容赦がなかった。逃げようとしても正確に狙撃し、一方向だけでなく全方位からの熱光線を放ち、しまいにはなんか巨大な水の化け物を召還したりした。

 溜飲が下がるどころか、少しだけ被害者に同情してしまったのは内緒だ。

 ただ、そうは言っても性格に難がありながらも優秀な生徒達はいたようで、それらの魔法攻撃をなんとかやり過ごしこっちに接近してくる者も数名いた。

 生憎それは俺が残さず風で吹き飛ばしたが。


 魔法使いたちが無双している間、シルフィはその上空で「いけ、やれ、そこだ!」と野次だか応援だかわからない大声を上げていた。いつもなら騒がしさに苦情を出すところだったが、今回は見逃してやった。

 そんな経緯を経て、運動場は死屍累々といった有様だ。いや、誰も死んでないとは思うが。

 あちこちで戦士が倒れ、完全にのびるかうめき声をあげている。その中には俺が蹴飛ばした試験官もいる。

 完勝、といったところか。何にかは、うまく言えないけれど。

「はは、俺たち、すげー……」

「本当にこの人数差で勝っちゃったよ……」

「なんか、みんなが魔法使いを恐れる理由がわかっちゃったね……」

 眼鏡の少年のつぶやきに一瞬間が空き……

 ドッ、と一斉に笑い出した。

「確かに、お前の雷魔法とんでもない威力だったよな!」

「それを言うなら、彼女の水魔法は私も戦慄したよ。あの巨大生物は一体何なんだ」

「あれは私の家に伝わる奥義なのです」

「大盤振る舞いだね……」

「でも、なんといってもやっぱり……」

 二つ結びの子が俺を見ながらそう呟き、他の皆も同調する。

「ああ。お前のあの風魔法はすごかった」

「それだけじゃない。緻密に組み立てられた魔法式に僕は驚いたよ」

「あの境地に、同い年の者が至っているとはね」

「おお……わかってくれるか! やっと理解者に出会えた……!」

 ほめちぎってくる言葉の数々に、俺は思わず感動の涙を流しそうになった。


 シルフィは感覚派で、イーラはマナについての知識をつけても魔法には全く興味ナシ。

 俺がどんなに……どんなに……! これまで積み上げてきた努力の結晶を披露しても、称賛されたことは一度もなかったのだ。

「故郷には共感してくれる人が誰もいなくてさ……ううっ、この学校を受けてよかった……」

「早くない? まだ入学試験の途中なんだけど」

「先ほどまであんなに自信満々だったのに、この様子を見るに貴方もけっこう苦労してそうですわね……」

 背の高い少年とお嬢様っぽい少女が呆れ顔を向けてくる。

「……というか、そうだよ! 試験! 俺達ってちゃんと勝ち残ったよな!?」

「うん……!」

 赤髪の少年と、二つ結びの少女が笑いあう。

 周囲の皆も一様に、お互いの合格を確信して笑顔を浮かべた。

 今日会ったばっかりなのに、まだ名前も知らないのに、魔法というたった一つの要因で俺達は互いに分かり合えた。

 それは、ずっと一人で魔法を研究してきた俺にはとても愛おしくて、嬉しくて。

 ああ、仲間っていいな……。

 この空間にいつまでも浸っていたい──そんなことを思った瞬間。


「歓談中悪いけど……まだ試験は終わっていないよ」


 俺達の動きを止める、落ち着いた声が聞こえた。

 とっさに振り向くと、そこにいたのは一人の少年。背格好からして、同じ受験者か。剣を腰に提げていることから察するに──

「戦士科……! まだ生き残っていたのか」

「弱い者虐めにも、負け戦にも乗りたくはなかったからね。様子見させてもらってたんだ」

 黄金を溶かしたかのような鮮やかな髪色に、清流を内包したかのように澄んだ藍青色の相貌。

 余裕たっぷりに語る彼は敵意など全く見せていないのに、言い知れぬ迫力があった。


「……へっ、お前が最後の相手ってことか? この人数に勝てると思っているのかよ」

「うーん……さすがに僕でも厳しいかな。でも、やってみたいとは思っているよ」

 俺達の周りに緊張が走る。

 厳しい、とは言ったが、無理だ、とは言わない。その根底にある自信を、根拠のないものだとは言い切れなかった。

 その裏付けに、彼がこの場の誰にも気づかれず、隠れ続けていたという事実がある。

 俺自身も、全く何も感じなかった。

 マナを背後に集め、いつ彼が襲い掛かってきても対処できるようにする。

 ふと、少年が笑う。

「でも、さっきの戦いを見て、僕が戦いたいと思ったのは一人だけさ」

 そう言って、少年は指をさす。魔法使い達の先頭に立つ人物を──俺を指さした。

「僕は君と戦いたい。君のような、誇りを持っている人間とね」

 双眸がまっすぐ俺を見据え、逃すまいと無言で語る。

 さっきまでの物静かな態度とはうって変わった、言外の迫力を持った戦士が、そこに居た。


 多分だけど、こいつの実力は今のイーラよりも上だと思う。

「……わかった。サシでやろうぜ」

「お、おい!? いいのかよ!?」

「ああ。俺も、強い奴と戦いたいしな」

 慌てる魔法使い達を置いて、俺は負傷者もいない空間に向かった。視線は少年を離さないまま。

 少年も、じっと俺を見据えながら、得物である剣を抜く。

 一般の剣より少し刃渡りの狭い、銀に煌めく目もあやな片手剣。柄にはマナと親和性が高い魔晶石が五つはめられている。華麗と勇猛を兼ね備えている、そんな剣だ。

 見惚れていると、それを咎めるように少年が名乗った。

「──僕は、アルカ・デ・ガラクシア」

「……ウェント・オールビィ」

「……へえ、対『白痴の悪魔』を担うプルトスの重鎮……建国の功労家の一つ、オールビィ騎士侯爵家の子だったんだね」

 意外そうに少年──アルカが目を細める。

「そっちこそ、建国の立役者って部分は同じだろ? 王国三大公爵家に名を連ねるガラクシア公爵家なんだから」

 とんでもない奴が同じ会場にいたもんだ。


 光のマナフォースの扱いに長けた武の名門、ガラクシア家。王国四百年の歴史を表立って牽引し続け、その武勇は他国にも知られている。先の人魔大戦でも多大な功績をあげたという話だ。

「……まあ、出自はお互いどうでもいいだろ。ルールは?」

「試験内容と同じでいいかい? 時計台の短針が五時を指したら、鐘が鳴る──本来の試験終了時刻だね。それまでどちらが長く立っていられるか……単純で良いだろう?」

 ちらり、とアルカが指した時計を見遣る。五時まであと三分ほどか。

「いいぜ、合図は?」

「そこの君にお願いしようかな」

「……ええ、わかりましたわ」

 アルカに指名されたのは、魔法使いの集団の後方にいた高貴そうな少女だった。

 呼ばれた少女は、引き締まった表情で集団から抜け、俺達から見える場所に陣取った。

「では、両者位置につきましたね? よーい……」

 少女がその華奢な右手を振り上げる。

(ウェント、アタシは?)

(なんで今聞いてくるんだよ……ここは、俺一人でやらせてくれ)

 半ば呆れながらシルフィに返事をする俺の視界で、少女が手を振り下ろした。

「──はじめっ!」

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