第10話 この門を叩く者は、一切の妥協を捨てよ。下
──……大げさに言っておいてアレだが、第一次試験である筆記試験はなんの問題も無く終わった。
言語学、歴史学、科学、数学、地理学、マナ総合学、戦争学……数多の学問に関する問題が出題され、制限時間は三時間。
総合力と速度が試される試験だったが、日頃から勉強をしていれば大事故は起きないような試験問題だった。記念受験者を除けば、アンドレトゥス高等学校を志望する学生にはそう難しいものじゃない。
となるとやはり受験者を振るい落とすための分水嶺は──二次試験。
商業科、発明科、建築科の文科は面接。戦士科と魔法科の武科は実践。
案内に従い、それだけで俺の中等学校の敷地ぐらいある運動場に入場した。
「──?」
ふと、運動場を囲む雑木林の中に妙なマナの流れを感じた。
その向こうから敵意はないが、こちらを見定めるような視線。
「……シルフィ」
小声で尋ねると、俺の右手から顔だけ出してシルフィが答える。
「何人か居るわね。運動場の中央にいるのが表向きの試験官で、本当の審査はあそこにいる人間達がやるんじゃない?」
「なるほどな」
頷いて、俺は事前に教えられたルールを頭の中で反芻する。
受験者百人による勝ち残り乱戦。制限時間は一時間。他の受験生と協力することも可能。
この試験の問題点は、その構成だ。
魔法科と戦士科の混成。
嫌われていて成り手の少ない魔法使いは、戦士科の十分の一ほどの受験者数だ。戦士科の奴らが忖度しあって潰しに来たら、多勢に無勢でやられてしまうだろう。
なので、序盤は目立たないように身を隠すことが俺の考えた作戦だ。終盤で魔法での応戦を解放し、最後の十人にでも残れば合格できるだろう。
「それでは、名前を呼ばれた者は運動場の中央に来るように! 魔法科志望者、ウェント・オールビィ! 同じく魔法科志望者の──」
そんな俺の甘い考えは、運動場の中央に立つ試験管の声によって木っ端微塵に打ち砕かれた。
なるほど、こういう手を取ってきたか。
魔法科志望者の公表。それにより獲物を狙いやすくし、気味の悪い魔法使いを排除しやすくなる。いい手だと思う。立場の弱い受験生では抗議の声も上げにくいし、たとえ上げたとしても戦士科の生徒たちの声に押しつぶされるだろう。
俺は変なことに感心しながら、侮蔑と嘲笑の視線をかき分けて試験管の前に立った。
「魔法科志望、ウェント・オールビィです。どこら辺に立てば良いですか?」
「適当に決めろ。ほかの魔法使いとは距離を開けておけよ」
「そうすることで、魔法使い同士の協力は防ぐわけなんですね」
「──フン、気付いているのなら、棄権してもいいんだぞ?」
短く切りそろえた薄茶色の髪をなで、試験官が嗤う。
俺も同様に笑みを返して。
「冗談を。この程度の包囲で音を上げていたら、俺は魔法使いを目指したりはしません」
「……チッ」
公正さも誠実さも欠片も持っていない試験官が舌打ちするのを尻目に、俺は適当な場所に陣取った。
他に名前を呼ばれた魔法使い志望者たちは、誰もが委縮してしまっているようだ。顔を青ざめさせ、膝が小刻みに震えている。
「こんな試験を、王国一の名門校がやるのか……」
口をついて出るのは、諦観の響き。
この試験で生き残れるのは、なるほど確かに優秀な魔法使いのみだろう。上澄みだけを掬い取って、その結果その他の有象無象は心を完膚なきまでにへし折られ、魔法を手放しても問題ない、と。
むしろそれこそが目的なのだろう。むやみやたらに魔法使いが増えたら管理がしにくくなるからな。
この学校の──ひいてはその背後にいる王国中枢を担う者達の下卑た考えを悟ってしまい、表情が知らぬ間に険しくなる。
齢十五の魔法使い達は──周囲からの反対も嘲りも耐えて、今日この日のために研鑽を積んできたというのに。怯えながらも棄権者が出ていないのがその証拠だ。彼ら彼女らは自分達のこれまでの修練に、戦士を目指す者たちと同じように、同じぐらいに、誇りを持っているのだ。
それを嗤いながら踏み潰すようなこの行為が、たまらなく嫌だった。
……いつの間にか周囲には各々の武器を構えた戦士科志望の生徒達が構えていた。
これだけいれば、目の前の魔法使いをいたぶるのには十分だと思っていそうな、傲慢な自信に満ちた醜悪な顔。
目立たない──なんて考えは捨てよう。
「それでは、第二試験──」
魔闘術で強化された試験管の声がどこを遠くに感じながら、俺は一つの決意をした。
この試験──滅茶苦茶に暴れてやる。
「──開始!!」
合図とともに、男女入り乱れた狂戦士どもが俺に襲い掛かる。
「まずは一人目の脱落者だぁあああああああああ!」
「お家に帰んなぁ!」
後方も含めて、周囲に十五人。マナの動きでそれを感じ取った俺は、即座にマナ変換式を改造。そして構築式に則り魔法を発動。
その間、わずか一秒。
俺を中心にして円状に十六の石の魔法弾が生成される。
戦士を目指す生徒たちがぎょっと目を見開くが、後の祭りだ。魔闘術で勢いづいた体で飛び上がっては、そう簡単に止まれない。
「──ふッ!」
無詠唱で一息に全弾発射。拳大の石塊が風を切って受験生の胴体に向かって飛来する。
「「「「「ぐはぁッッ!?」」」」」
果たして、俺の魔法は俺の周りを取り囲んでいた全ての生徒に命中した。
衝撃と痛みに呻いて戦士科志望者たちが地面に倒れ伏す。
討伐数、十五。もう俺は合格でいいんじゃないか?
倒れて軒並み気絶している者たちを見下ろしながらそんなことを思っていると、怒号が飛んできた。
「ウェント・オールビィ! 魔法の制御はしっかりと行え! 次、同じことをしたら即刻不合格にするぞ!」
試験官が怒髪天を衝く。
腰に提げていた剣を抜き、そこには石塊が付着していた。
「失礼しました。今日は範囲攻撃を多く使いそうなので、もう少し下がっていたらどうですか?」
「私を愚弄するか、学生風情がッ!」
今にもこちらに飛び掛かってきそうな血気で、試験官が叫ぶ。
アンドレトゥス高等学校様、この人の首を切ったほうがいいんじゃないですか?
公私混同甚だしい講師に目を眇めると、男子生徒の悲鳴が上がった。
「うわぁあああああ!? やめろ、くるな、くるなぁあああああ!?」
目を向けると、魔法使い然の少年が十数名の生徒に囲まれ追い詰められていた。
「──っ!」
助太刀に行こうとした俺の前に、醜悪な笑みを浮かべる試験官が立ち塞がる。
「何を、するんですか?」
「私はここに立っているだけだ。ウェント・オールビィ」
立っているだけ、という割には剣を構えて魔闘術を発動しながら俺の動きについてくる。
「ここまであからさまに妨害されると……逆に尊敬しますね」
「妨害? 二度目だ、ウェント・オールビィ。私を愚弄するな。私は試験官としての役目を果たしているだけだ」
本当に、魔法使いは嫌われているな……。
けれど、絶望はしない。それを超える力を持っている相棒が、俺の傍にいるから。
(……シルフィ、力を貸してくれ)
マナを介してシルフィに意思を飛ばすと、呆れた思念が返ってくる。
(全く、試験はアタシに頼らないんじゃなかったの?)
(不本意だけど、なりふり構ってられないんだ)
(……まっ、アンタらしいわ)
シルフィの笑い声を聴いて、思念対話を終了。
「……そうですか。あの、先生。質問をしても?」
「なんだね?」
傲岸不遜な立ち振る舞いで、試験官が答える。
その向こうでは必死に魔法で防御をする少年の姿。あれでは長くはもたない。
「この試験は、生き残りを目的としたもの……ですよね」
「そうだな。戦闘能力だけでなく戦略性が試される、高度な試験だ」
……ツッコんだら負けだ。
「つまり、生き残ればいいんですよね」
「そうだが……?」
怪訝な顔を浮かべる講師に、俺はにんまりと笑った。
「生き残るには──敵を全てぶっ倒すっていうのが一番手っ取り早いですよね」
「──っ! それは確かに規定の範疇だが……! それが貴様に可能だと思うかっ!?」
──この私を超えることが出来るかと、言外に問うてくる。
「──いい加減、茶番は終わりにしようぜ。シルフィ」
俺が言うと同時に、シルフィの巻き起こした風が運動場を支配する。
そこにだけ突如現れた乱気流に受験生達の叫喚が響いた。
「なん、だ……!? ウェント・オールビィ! これは貴様の仕業か!」
「……さあ? 精霊のイタズラじゃないですか?」
「戯言をぉおおおおおおおおおお!」
「おっとぉ!?」
いきり立った試験官が魔闘術を全開放して俺にとびかかる。
「体裁はどうしたんですか! 他の人が見ているんでしょう!?」
「黙れ黙れ黙れ! 貴様は危険だ! この国の根幹を揺るがしかねない!」
「魔法使いが強力な力をもって、何が悪いんですか!? 大事なのは、それを使う心の在り方でしょう!?」
「魔法使いなど、首輪をつけて鎖でつないで、管理されるべき危険生物だ! 我等戦士の足元で蹲っているべき、愚かな存在だぁああああああああああ!!」
支離滅裂なことを叫びながら、試験官が剣を振るってくる。こちらも体内のマナを操作して身体能力を上げ、身を翻しながらかわす。
くそっ、この学校の人事はどうなっているんだよ!?
雑木林の向こうを流し見るが──動く気配はなし。
これすらも、黙認か。……だったら、俺が何やっても文句言うんじゃねぇぞ!
「『
うねりを上げて体に暴風が纏われる。空に浮かび上がるほどに体が軽くなり、岩を打ち砕けるほどの力が漲る。
「魔法使いは──家畜なんかじゃねええええええええッッッ!!」
轟音を上げて疾走。空いていた距離をあっという間に詰め、俺は試験官の目の前に飛び上がった。
「早──ッ!?」
試験官が顔面を驚愕でいっぱいにし──その顔に遠慮なく回し蹴りをぶちかました。
「グベラァッ!?」
変な悲鳴を上げて試験官が空中を錐もみ大回転。三秒ほどの飛翔体験の後に地面に背中から着地。
「ったく、手間取らせやがって……!」
行く手を阻んでいた番人に無感動な視線を投げ、俺は先ほどの少年のもとに駆ける。
「な、なんだお前は──ぎゃああああ!?」
「ま、魔闘術!? 魔法使いなのにぃいいいいいい!?」
「た、助けてぇええ!?」
彼を取り囲んでいた戦士科志望の者達をシルフィの風で蹴散らして、俺は少年の前で立ち止まった。
「無事か?」
「あ、ああ……その、ありがとう」
「礼を言うのはまだ早いぞ。まずはこの試験を生き残らなきゃな」
「……無理だろ、そんなの」
「そんなこと言うなよ! まだ試験は終わってないんだぞ!」
青い顔で呻く少年に、思わず俺は鋭い視線を向けた。
「こんな公開処刑みたいな試験、突破できるわけないだろ! 見ろよ、他の魔法使いだってみんな俺みたいになってんだ!」
「──っ!」
見ると、確かに少年の言う通り同じような私刑があちこちで行われていた。
戦士達の凶刃が、小さく震える魔法使い達に容赦なく振り下ろされている。
プルトスで俺が石を投げられたことが、可愛く思えるほどに、残酷な光景。
「………ふざけんな」
腹が立った。この試験に。この学校に。戦士達に。そして何より──
「おまえらぁああああああああああああああッッッッッ!」
──ただ処刑を待つだけの魔法使いたちに。
声を張り上げ、風の魔法で音を飛ばす。
「いつまでうずくまってるつもりだ!? お前らが今まで積み上げてきた魔法の知識は、研鑽は、誇りは!! こんな弱い者虐めみたいな行為の前に屈する程度の物だったのか!?」
「お、おい何を……」
「こんなところで……全て諦めてもいいのかよぉおおおおおおッッッ!?」
隣の少年が抑えようとしてくるが、それでも俺は止まらない。
「魔法使いたちよ、立ち上がれ! こんな腐った現状を変える反逆の一撃を! 今この学校に突き刺せ!」
がむしゃらに叫ぶ俺の前に立ちはだかる、何十人もの戦士の雛鳥たち。
「さっきからべちゃくちゃうるせぇんだよ、魔法使い!」
「まずはてめえから泣かせてやるぜ」
「あ、あわわわ……さっきよりも多い……!」
少年が戦く傍らで俺は不敵に笑い──
「来いよ、意地も矜持もなんにも持ってないザコども。俺が『魔法』のすごさを教えてやる」
ブチィッ! と血管が切れる音が聞こえた気がした。
「「「「「やっちまぇええええええええええ──ッ!」」」」」
「『
俺の周囲に顕現したのは、陸を走る灼熱の高波。自然現象を超越した魔法が、有象無象を呑んで蹴散らしていく。
「「「「「ぎゃあああああああああああああ──ッ!?」」」」」
戦士たちの情けない悲鳴が上がり、それでも炎は止まらない。
「お、おいこっちに来たぞ!?」
「にげろぉおおおおお!?」
その先にいた、魔法使いの少女を囲んでいた戦士達が、自身に迫りくる炎の荒波から逃げ惑う。もちろんしっかり制御してあるので魔法使いの少女は華麗に避けた。
そのような光景があちこちで起こる。俺が多方面に展開した魔法は、魔法使いだけを躱して戦士達のみを攻撃していく。
「おい、魔法使い達! こっちに来い!」
俺が叫ぶと、びくっ、と肩を震わせた魔法使い達が五人、駆け寄ってきた。誰も脱落していなかったのは僥倖か。
この試験会場にいる魔法使いは俺を入れて七人。開始時に試験官が魔法使いだけを呼んでくれていて助かった。おかげで顔を覚えることができたからな。
「あ、ありがとう……助かったよ」
「怖かった……」
背の高い少年と、二つ結びの少女が顔を俯かせる。
「あなた、強いのね。私は囲まれて手も足も出なかったのに……」
一見男性と見間違えてしまった、銀髪麗人の少女が自省する。
「……ありがとうございます、名も知らぬ御方。救われましたわ」
高貴そうな水色の長い髪を靡かせて、少女が瞳を潤ませる。
「礼とか反省は後だ。俺はこの試験に関して一つの目標ができた」
「「「もくひょう?」」」
魔法使い見習い達が、声をそろえて首をかしげる。
「──この試験場にいる魔法使いの全員合格だ」
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