第8話 沈黙は(借)金
妹とのお風呂を終えて、ベッドに入り、俺は試験当日の朝を迎えた。
……まあ、風呂から上がった後アメラが一緒に寝ると言った時はさすがにまずい気がしたので断った……なんて一悶着もあったが。
とにもかくにも、今日で全てが決まる。
あらかじめまとめておいた荷物をまとめて俺は早々に家を出た。
プルトスから王都『インゲニウム』までは直通の鉄道が走っている。マナを蒸気に変えながら走るという優れものだ。アローサル師匠の友人が開発したらしい。
これによって都市間での移動は格段に効率化され、人だけでなく物の流れが加速した。
俺はその王国鉄道の一般客席に座り、ぼんやりと外を眺める。
この鉄道を使えば二時間ほどでインゲニウムに到着する。試験は午後からなので、確実に間に合うだろう。
目の前で三つめの駅弁をがつがつ食べるシルフィに若干引きながらそんなことを思っていると、慌ただしい足音が聞こえてきた。
「──ウェ、ウェント!? こんなところにいたの!?」
「イーラ、そんなに慌ててどうした?」
息を切らせて立っていたのは、同じ学校を受けるのだから当然乗っている、イーラだった。
「試験前で緊張しちゃって……あなたと話して誤魔化そうと思ったら、あなたが貴族車両にいないことに気付いて……」
「それで慌てて探してきたってわけね」
弁当を完食したシルフィが頷く。
「そう……ていうかなんで一般席に座っているのよ? 一応貴族でしょ?」
「金欠」
「……呆れた。私のとこに相席したら?」
「それはさすがに悪いだろ」
「あなたと話すのなら個室のほうが都合がいいの。ほら、立って立って」
「わーかった、わかったよ」
強引に立ち上がらされ、俺はすべてを諦めイーラについていくことにした。
貴族車両は、当然というかなんというか、一般席とは比べものにならない豪華さだった。
列車の後方三車両。全てが個室となっており、椅子だけでなく寝具まで置いてある。更にはウェルカムフルーツつきだ。シルフィが早速バナナに飛びついた。
「すげえな。高いだけある……ていうか、使用人は? 侯爵家のお嬢様が一人はまずくないか?」
「あなたが座ってた一般席に移ってもらったわ。さっき男女の集団とすれ違ったでしょ」
「妙に睨まれるなと思ったら、それが原因かよ!?」
「ねぇねぇ! このバナナとんでもなく甘いしやわらかいわよ! どこのかしら?」
「お前は黙ってろ食いしん坊!」
ちくしょう、なんか俺の評判がまた下がってしまった気がする。
「そんなことはいいから、早く座りなさいよ」
「なんでそんなに面の皮が厚いんですか?」
鉄道の揺れを耐えながらいつまで立っているのも阿保らしいので、呆れながらもイーラの正面に座った。
一般席とは雲泥の差の座り心地である座席に内心戦慄していると、イーラが口を開いた。
「……ウェントは結構平気そうね」
「緊張のことか? この程度でビビってたら、俺の野望にいつまでも近づけないからな」
「とか言ってるけど、こいつ昨夜はけっこうナーバスになってたわよ」
「おいこら」
「なーんだ、ウェントにも血が通っているみたいで安心したわ」
「俺を魔物か何かと勘違いしてない?」
失礼なことを言うイーラを睨むが、全く意に介していないようだ。緊張しているというのも嘘なんじゃないか?
「……ところで、野望って? そういえばウェントが魔法使いになってどんなことがしたいか聞いたことなかったわね」
「……俺、野望なんて言ったっけ?」
「なんで数秒前のことを誤魔化そうとするのよ」
イーラが目を眇める。
「……そりゃ、叶えたいことはあるよ。師匠と約束したことだし」
「何よ、気になるじゃない。早く言いなさいよ」
「……それは、あんまり人に言えることじゃないから……」
「ちょっとシルフィ? ウェントの野望って何なの?」
「おい汚いぞ!」
攻略対象を変えたイーラを止めるが、やっぱりどこ吹く風である。関係が戻ってから、どんどん昔のように横暴になってきてる気がする。
「──ウェントの目標については、アタシからは言えないわ」
だが、シルフィはリンゴを齧りながらきっぱりと拒絶した。
イーラが意外そうに目を丸くする。
「うそ……ウェントが隠したがっていることなんて、シルフィなら喜んで話してくれると思ったのに」
「まあ、他のことならいくらでも言えるけどね」
「他のことも言うんじゃねえよ」
「生憎、ばかウェントの夢は──願う物は茶化していいものじゃないの。アタシがウェントと契約を結んだのだって、ウェントが夢を叶える所を見たいと思ったからだもの」
リンゴの芯を風で弄びながら、シルフィは当然のように語る。
「だから、それはアタシの目標でもある。風の精霊として、契約者をその願いの先まで運ぶ……だから、アタシからは言えないのよ」
「シルフィが、そこまで……」
「だから、説得するならウェントにしなさい……隠し続けるのも面倒だし」
「なんか最後のセリフで台無しじゃないか?」
いい感じのことを語っておきながら、結局は自分の都合である。
「……わかった。じゃあ、ウェントから話してくれるまで聞かないことにするわ」
イーラは渋々といった感じで頷いた。だが、不意に思い出したように再び俺を見る。
「──ねえ、ウェントのお師匠様ってどんな人なの?」
「っ──」
あちゃー、とシルフィが気まずそうな顔をしたのが横目に見えた。
「……魔法使いのことなんて、気になるのか?」
「そりゃあ、ウェントに魔法のイロハを叩き込んだ人なんでしょ? 気になるわよ」
遠足気分で浮かれているのか、イーラは俺の声が硬くなったことにも気づかない様子で頷いた。
「……俺の師匠は、すごい人だったよ。魔法の扱いが本当に上手で、なのに全然威張ったりしない人でさ。そして何より──俺と同じで、魔法が大好きな人だった」
アローサル師匠の使う魔法は、どれもきらきらと輝いていた。光る靴に、空飛ぶ絨毯。勝手になり始めるトランペットにお喋りな懐中時計。
すべて、師匠に魔法をかけられた物たちだった。
「俺は、自分の人生に不満も不安も持っていなかった。別に、鬱屈とした日々を魔法が変えたとかじゃない……師匠の魔法に、魅せられたんだよ。子供が素直にすごいと思えるぐらいには、師匠の魔法は洗練されていて、神秘的で、美しかった」
遠い日々を思い出し、俺は窓の外を見遣る。雪を乗せた針葉樹が次々に流れていった。
「……そうなんだ。私も、会ってみたいな」
「……」
イーラのその言葉に、俺は答えられない。
師匠に会わせるのならば、それは俺のかつての過ちについても話さなければいけなくなるからだ。
二年前……もうすぐ三年前になる、『プルトス事変』のあらましを、全て。
けれど、今の俺はイーラにそれを話すことはできない。あんなに俺を信じてくれているアメラにすべてを打ち明けたのも、つい一年前のことだ。
ひどい話だが──俺はまだ、そこまでイーラを受け入れられてはいないからだ。
「……ウェント?」
イーラが怪訝そうに首をかしげる姿が目に入り、俺は小さく息を吐いた。
「アンドレトゥスに合格したら、会わせてやるよ」
「ほんとう? ウェントのお師匠様にはいろいろ聞いてみたいことがあるのよねー」
イーラが嬉しそうに微笑むのを見て、ちくりと胸が痛んだ。
シルフィの「そんなこと言って良いの?」という視線に何かを返す気にもなれず、俺はもう一度、窓の外に広がる冬の青空を眺めた。
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