第6話 黄金をくべて炎を焚け

 場所を移動して、森の中にできた大きな空き地。

 その中央に向かい合うように佇んで、俺とイーラは互いを見据える。

 距離をとったイーラが、少し声を張り上げる。

「合図はどうするの?」

「んー、シルフィに任せるか」

「は?」

 突如出てきた第三者の名前に、イーラが怪訝そうな顔をする。

「いいの、ウェント?」

「イーラとは長い付き合いになりそうだし、さっさとお前の存在を明かしておいたほうがいいかなって」

「さっきまで一切アタシに触れなかったのに……ほんと、気まぐれな奴」

 そう愚痴りながら、シルフィは俺の肩から飛び上がり、イーラに声をかけた。


「さっきからずっといたけど、初めまして。アタシはシルフィ。ウェントと契約を結んだ精霊よ」

「──せ、精霊!? おとぎ話の存在じゃなかったの!?」

 いきなり目の前に現れた翅を持つ小人を見て、イーラが八年前の俺がしたのとおんなじような反応を見せた。

「ちょ、ちょっと! 勝負が始まる前に動揺させるのは卑怯じゃない!?」

「いや、これは精霊の力を使わないっていう意思表示でもあるから」

「話が微妙にかみあってない!」

「それじゃ、さっさと始めるわよー」

「この状況で始められるわけがないでしょ!」

 イーラが大慌てでまくしたてる。

「ていうか、あなたとの模擬戦よりも精霊のシルフィの方が興味あるんだけど……」

「おぉい!? それはさすがに失礼だろ!?」

「ぷぷぷ……ウェントったら女の子盗られてやんのー」

「盗ったのはお前なんだが」


 数分後。

 シルフィ出現(俺のせい)による混乱はしばらく続いたが、結局この模擬戦が終わったら話をするということに落ち着いた。

 ……そんなこんなで気を取り直して、俺とイーラは再び向かい合う。

「手加減はしないわ。死にはしないけど、火傷ぐらいは覚悟しておいてね」

「お前こそ、すっころばされて泣くんじゃ──」

「はーい、かいしー」

「──おい! 俺のセリフの途中だっただろうが!?」

「ダラダラとまどろっこしい~」

「こいつ……。──ッ!」

 シルフィの無粋な言葉ですっかり忘れていたが、すでに模擬戦は始まっていた。

 イーラがマナを全身に駆け巡らせ、常人離れした速度で落ち葉の絨毯を踏みしめ向かってくる。

「ラエティティア剣術──『炎華ヘリアンデス』!」

 イーラのレイピアが火のマナ(ピュール)を宿し赤く発光。それが俺に向かって突き出され、ヒマワリのように満開の火花を散らす。

 剣技でありながらの、広範囲中距離攻撃!


「『光の防御壁ルークス』」

 光のマナ(フォース)を集約して壁を作り、炎の散弾を防ぐ。

 横から、気配。

「ラエティティア剣術──『燈炎灼閃クラーテール』!」

 マナを宿した細剣レイピアが炎を纏い、大振りの炎の剣が顕現。空気を横薙ぎに切り裂きながら、その切っ先が俺の胴体に迫る。

 素早くて威力も申し分なさそうな、無駄のないマナ操作だ。攻撃をしてから次の攻撃への繋ぎも素早い。

 さすが、炎の名門ラエティティア侯爵家の才女。

 俺は、勝ち誇りながら剣を振るうイーラを見据え──。


「ただ、やっぱりお粗末だな」

 手のひらに防御魔法を展開しながら、レイピアの刃をそのまま受け止めた。

「なっ!?」

「驚くのはまだ早いぜ?」

 つまんだ指で切っ先を滑るように撫で──イーラのマナを消滅させる。

「……くっ!?」

 異変を受けて、イーラは強引に俺の手から剣を抜き取り跳躍して距離をとった。

「やっぱり、単純な変換式と構築式だな。万人に扱えるようなもので、だからこそ俺には御しやすい」

「いま……私の剣に何をしたの?」

「変換式を読み取ってマナに同調して、消滅するようにお前の構築式を書き換えたんだよ」

「『魔力妨害マナジャミング』……!? そんな高等技術……できるわけがないでしょ!?」

 イーラが驚愕する。


 ぶっちゃけマナ量が少ないこともあって稲妻羆ライトニングベアよりも簡単だったのは言わないでおこう。

「戦士を目指す人間がこういう技術を習うのは高等学校からだもんな……でも、イーラ。俺が誰か忘れていないか?」

「魔法使い……マナの扱いはお手の物ってわけ?」

 イーラが油断なくレイピアを構え、合点がいったようにつぶやいた。

「俺が使う魔法も、お前たち戦士が使う『魔闘術』も、マナを使う点では共通しているからな。魔法は『変化・充填・放出』を基本として、『魔闘術』は『変化・装備』を基本とするっていう違いがあるけどな」

「……なるほど。魔法の勉強をしているっていうのは、あながち冗談じゃなかったみたいね」

 再び細剣に炎を宿し、イーラが不敵に笑う。


「今のお前のマナ練度じゃ、いくらやっても俺に勝つことはできないぜ?」

「その余裕ぶった態度は、この技を見てからにしなさい」

 イーラがそう言った瞬間。

 爆発的に膨れ上がった彼女のマナが、俺の全身を叩いた。

「『其が眠るは遥か下・星の最奥・冥界の彼方』──!」

 その詠唱は、かつて文献で何度か目にしたことがあるものだ。

「──まじか、侯爵家の秘奥をすでにモノにしているとはな」

 歴史のある貴族の家に伝わる、他者を寄せ付けることのない絶対の『必殺技』。

「『我らが盟主よ・剣を振るえ・焔を燃やせ』」

 莫大なマナを制御するのに時間を要しているのか、イーラは粛々と詠唱を続ける。

「『寒山を融かせ・青野を焼け・波濤を蒸せ』」

 今の俺には到底関与することのできない膨大で複雑なマナ変換・構築式が積み上げられ、積み上げられ、積み上げられ──

「『我が火先を呑み・業火を上げよ』」

 今まさに、イーラは魔闘術の構築式を完成させ、その名前を高らかに叫んだ。


「──『焦がせ炎巨人の剣レーヴァンテイン』」


 猩猩緋の猛火で形作られた剣が、全てを燃やし尽くさんとうなり声を上げる。

 最後にまともに話したのは二年前。最後にまともに戦ったのも二年前。俺達の間に隔たる空白の二年。

 たったそれだけの期間で、ここまでの修練を積むとは。

「……イーラは、やっぱりすごいな。正直、なめてた」

「──ふん、降参するなら今のうちよ」

「冗談はよせよ。これでビビってたら、魔法使いになる意味がないだろ」

「そう。じゃあ──怪我をしても、恨まないでねッッッ!!」

 紅蓮の大剣が振り下ろされる。先ほどのように受け止めることはできない。余波で体が吹っ飛ぶ。

 なら、迎え撃つしかない。


 一瞬で判断を下し、水のマナ(イードル)と風のマナ(アネモス)を合わせ、短縮詠唱。

「『堅氷の大攻勢カエデス・グラキエース』」

 灼炎で熱くなった周囲を一気に冷却するほどに十を超える巨大な氷塊が俺の前に現れ、轟音を上げてイーラの『焦がせ炎巨人のレーヴァンテイン』とぶつかった。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッ!!」

「はあああああああああああああああああッッッッッ!!」

 吹きすさぶ氷風と荒れ狂う熱波。互いにこれが模擬戦であることを忘れ、相手をねじ伏せようとがむしゃらに叫ぶ。

「ここ──! 『風の援護ウェントゥス』!!」

 並行して魔法を構築した俺は、左手に集まった魔法の風を一気に大氷塊へとぶつけた。

「──ッ!? い、勢いが、増して……!?」

「くらいやがれぇえええええええええええええええ!!」

 イーラの戸惑う声と、俺の咆哮が重なり──

 俺の氷魔法が、イーラの炎の剣を跡形もなく消し去った。

 それでも勢いを止めない大氷塊が、マナを出し切ってへたり込んでしまったイーラの元に飛来する。

「えっ──」

「俺の勝ちだな」

 ぐっと右手を握りしめると同時。

 パッ、と粉々にくだけた氷が、まだ紅葉をたくわえる木々の合間を縫う雪華となってイーラの周りに降り注いだ。


 煌めく天然の照明具が、木漏れ日を乱反射し、その中央にいる美少女を淡く照らす。なかなか絵になるな。

「……私の、負けね……」

 手を上に向け砕氷を受け止めたイーラは、疲れ切った──けれど満足そうな表情で、そうつぶやいた。

 いつのまにか戻ってきていたシルフィを肩に乗せ、一息ついた俺はイーラのもとに向かう。

「イーラだっけ? けっこうやるじゃない、アンタ」

 開口一番に、謎の上から目線をかますシルフィ。

「ありがとう……ございます?」

「こいつに敬語なんて使わなくていいぞ、イーラ。食っちゃ寝しまくるダメ精霊だから」

「は?」

 シルフィがズビズビズビズッズビズビズビ……と頬を小刻みに殴る。たまに休符を挟むな。

「……まあ、ばかウェントのいうことは置いておいて、普通にしゃべってくれていいわよ? アタシ、そういうかたい感じの好きじゃないし」

「そ、そうなんで……そうなのね、わかった」

 手を貸してやり、イーラを立ち上がらせる。マナを限界まで振り絞ったことで疲労している様子だが、そこまでひどくはない様だ。


「完敗、ね。こっちは奥の手まで出したっていうのに」

「詠唱が完了するまであえて待ってやったしな」

「うるさい」

 じろり、とイーラは俺を睨んだが、すぐにその目を伏せた。

「ウェントはまだその精霊の力を使ってないし、あんな高マナの魔法を使いながら他の魔法を二重発動するし……いつの間に、そんなに強くなったのよ」

「いい師匠に出会えたからな……というか、さっきも言ったようにマナの性質を深く知れば魔法にも魔闘術にも応用できるんだよ」

「あんな大魔法を使ったのにピンピンしているのも、それが理由?」

 イーラがいいところに気が付いた。

「よくわかったな。さっきの魔法は起動速度とマナ変換効率に重点をおいて構築したんだよ。そのかわり距離は飛ばないし持続時間も短いから、持久戦とかだと使えない。臨機応変にマナの変換と魔法の構築をするのが優秀な魔法使いの証ってことだ」

「こいつ自分で自分のこと優秀とか言ったわよ」

「たまに自画自賛が入るのむかつくわよね」

 イーラとシルフィが顔を寄せ合って──なのに俺に聞こえるぐらいの音量でささやき合う。仲が良くなって何より。だが食事のときには気をつけろよ。


「……ねえ、変換式と構築式の改造って私の魔闘術にも応用できるの?」

 ふと、イーラがそんなことを尋ねてくる。

「できるぞ。というか、こういうことをアンドレトゥス高等学校で習うんだと思う」

「そう……見ての通り、私はまだ『焦がせ炎巨人のレーヴァンテイン』をうまく使いこなせていないの。一回撃ったらもうマナ不足でダウンしちゃう……詠唱もお父様や叔父様の様に短くできないし……」

 それは今の戦いで俺も思ったことだった。そもそも詠唱に集中して隙だらけだったし、マナを食われすぎては継戦能力に欠ける。

「だから……私にも、マナの扱いについて、教えてほしいの」

「……俺が高校の内容を先取りしているだけで、イーラぐらいに優秀な奴ならすぐに扱えるようになると思うぞ?」

「急ぎすぎなんじゃないか」という俺の言外の指摘を察したのか、それでもイーラは頑なに首を振る。


「……それじゃあ、ダメなの。それだときっと、私は頂点どころか、十傑に至ることはできない」

「……訳アリって感じ?」

「シルフィの言う通り、私は親に……いいえ、分家を含めた全ての『ラエティティア家』に期待されていないわ」

「嘘だろ? お前ほど優秀な奴が?」

 剣の腕前だってこの街で彼女に敵う同世代の人間はいないと思うし、ラエティティア家の奥義に手が届きかけているのに。

 俺が思わず驚くと、イーラは紅玉の瞳を揺らしてあきらめたように笑う。

「私は、魔力量マナキャパシティが少ないから……」

「うえ、そうだったのか?」

「歴代のラエティティア家当主の中でも、最弱なのよ」

「それは確かに難儀な問題だよな」

「……ねぇウェント、魔力量マナキャパシティって?」

 俺とイーラが唸っていると、シルフィが首を傾げてみせた。

「……おまえ、師匠の授業を聞いてなかったのか?」

「アタシに関係ないことをどうして真面目に聞かなきゃいけないのよ。精霊よ、アタシ?」

 マナの塊である精霊女王がふてぶてしく威張り散らす。


「万物に宿るマナは、当然人間も体に内包している。俺達が使う魔法や魔闘術ってのは、この世界──主に空気中に存在するマナと自分のマナをつないで様々な作用を起こすものだ。そこで効率よくマナをつなぐための物が『変換式』で、上手く扱うためのものが『構築式』なわけだな……んで、魔力量マナキャパシティってのは自分が持てるマナの総量のことだ」

「それが少ないと、どうなるの?」

「まず、持久戦で不利になる。イーラには関係ないけど……複雑な式が必要な、いわゆる大魔法なんかを使えない。ひどい場合だと……回復の魔法が逆に負担になってマナ酔いしたりもする」

「ふー……ん? でも、アタシから見たらイーラのマナってそこまですっかすかじゃないと思うけど」

「一般人レベルなら……私は才女として崇められていたでしょうね」

 シルフィの言葉に、イーラが投げやりに答える。


「でも私は、名門ラエティティア家の唯一の跡取り娘。いずれその歴史を背負う身。けれど、魔力量マナキャパシティが少なかったら……どんなに技術を磨いてもメッキの後継者でしかないのよ」

 ぎゅっ、とイーラが拳を握りしめる。

「よく、お父様が言うのよ。アンドレトゥスには行かずに、礼儀作法を身に着けるために名門のお嬢様学校に行かないか? って……見限られているのよ、私は」

「そう……大変だったのね、イーラ」

 さしものシルフィも神妙な顔つきになり、イーラの髪をその小さい手でゆっくりと撫でる。

 イーラ・ラエティティアという少女は、その小さな体に大きな苦悩を抱えて生きているのだと、出会ってから十年以上たってようやく気付いた。


「……それで、アンドレトゥス高等学校で十傑に入って、そこから一番になって、家の人間を見返してやろうってことか」

「ええ。実力を見せつけて、侮っていた人間全員に言ってやるのよ。『私がラエティティアの次期当主だ』って。……ねえ、こんな動機、不純かしら?」

 縋るように、許しを請うような口調で、イーラが俺を見る。

 馬鹿だな、と思う。そんなことで悩むなんて、無駄なことだ。

 だって、彼女の心は決まっている。懺悔をしている様に見せても、瞳は誤魔化せない。

 炎のように紅く輝くその瞳に、迷いなんてない。そこにあるのは、黄金のように輝く強い覚悟だけ。

 そして──その輝きはきっと、魔法を志したあの日、俺の目にも宿ったものなのだろう。

 だから、俺は言ってやった。

「……いーや? むしろ、めっちゃ俺好みの野望だな」

「えっ……」

 あっけらかんと、小道で石を蹴とばすように。


「いいんじゃないか? 誰も不幸にならないし、傷つかない。そんな願いの何が不純なんだよ。むしろ全力で応援したいぐらいだ」

「ウェント……ふふっ、ありがとう」

 イーラは呆気にとられたような表情を浮かべていたが……すぐに優しい笑顔を浮かべた。

 そして、握りしめていた拳から力を抜き、そのままこちらに差し出す。

「それじゃあ、改めて。……ウェント、私にマナのことをもっと教えて──私を、強くして」

「──ああ。俺に任せろ」

 俺はイーラの華奢な手を強く握り返し、彼女の瞳を見ながら頷いた。

「──じゃあ、入学試験まで三か月を切っているわけだし、ガンガンやるわよ!」

「気合十分だな」

「当然。休んでいるひまなんてないから! いい? 学校が終わったら毎日ここに来て、毎日特訓よ!」

 とんでもないことを言い出すイーラに俺は目を剥く。

「なるほど……っておいちょっと待て一日くらい休ませろ!? ……っていうか、それは俺が言うことなんじゃないのか!?」

「甘ったれたこと言ってると、すぐに追い越すからね」

 そのイーラの不敵な笑いからは、先ほどまでの暗い色は見えず、昔のように俺をからかうような物だった。

 俺も自信満々に言い返す。


「上等だ。お前が泣いて『こっちに降りてきてー』っていうぐらいの高みに登ってやるよ!」

「はぁー? 弱虫ウェントは私の後ろをついてくるぐらいなのがお似合いなんだけど?」

「言ったなこのおこちゃま舌! お前どうせまだ苦いものが苦手なんだろ!」

「い、いつの話してるの!? もう食べられるから!」

「よし、それなら俺の魔法で作った超激苦料理を食わせてやるよ!」

「そんなもの出したらあなたごと燃やすわよ!」

「──……ねえアンタ達、本当に二年間話してなかったの?」

 シルフィが横で疑問の声を上げるのを無視して、俺とイーラは互いに売り言葉と買い言葉の投げ合いを続ける。

 そうだ、昔からイーラはこんな風に俺に無茶なことを言ってきて、俺がツッコんでイーラがムキになって、泥仕合の言い合いが始まって、それを見て周りの大人が呆れたような微笑ましいような視線を向けていた。

 この日はこの後も、二年間の空白を埋めるように、俺はイーラと沢山の言葉を交わした。その殆どは喧嘩みたいな言い合いばかりだったけど。

 幼馴染とかつてのようにまた言い合いができるようになったことが、俺は少し……いや、結構嬉しかった。

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