第5話 やわらかい人

 再び細道を抜けて元の道に戻ってきたとき、照れくさそうに秋本さんは切り出した。

「今日泊まっていってもいい?」

「えっと、私も来てほしいんだけど、その……」

 そっか、あれか、と気づいた秋本さんのまなざしの温度、その目の奥がわずかに冷めるのが見える。

「ごめんね。週末には終わると思うから」

 なんでせいちゃんが謝るの、と秋本さんは誓子の肩を抱く。友達にするしぐさのような、何かをそぎ落としたようなさっぱりとした手つきだった。


 車も人も通らなくなり、街は一様に雨に濡れている。一つの傘の中で秋本さんと肩を並べ、歩道の端をゆっくり歩いていた。アスファルトのくぼみにできた小さな水たまりに一つの雨粒が落ちて、小さな波紋をいくつも作った。


 冷めたような感じがいたたまれず、誓子は仕切りなおすように言った。

「そうだ、創くん、こないだ実家から高校の卒アル持って帰ってきたよ」

 えっまじで、と秋本さんの目が途端に輝きだす。わかりやすい人だと思いつつ誓子は、

「今度うちで一緒に見ようよ」

「見る見る。おいしいお酒買ってく」


 せいちゃんの卒業アルバムを見たい、と秋本さんにせがまれていた。実家に置いているので手元にないことを伝えると、じゃあ今度実家に行ったときに持って帰ってきて、忘れないでよ、と食い下がられたのが先月のことだった。


 夜半の住宅街は人気がなく静かで、誰ともすれ違わない。二つの控えめな足音と二つの傘に落ちる雨音だけが聞こえ、二人で街に取り残されたようだった。ゆっくりと歩きながら、景色が少しずつ前進していた。


 その道中に現れた月極駐車場は住宅街にぽっかりと空いた穴のようだった。どちらともなくその中ほどまでこっそりと入り込み、傘の中でもう一度唇を合わせる。


「いつか創くんと一緒に住めたらいいな」

 言った誓子は傘の中で秋本さんに寄り添った後、すぐ照れくさくなり「なんて思っちゃった」と付け加えてみる。それから秋本さんと顔を見合わせると、彼も照れたように唇の端を上げてはにかむ、彼のこの笑顔を見るのが誓子は嬉しい。

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