第128話 ”まだ”そういうことは
「ねぇ、週末みんな暇じゃない?」
金曜の最終授業で、与田さんは言いだした。
現在、いつも同様に修学旅行の話し合いの時間を取ってもらっている。
担任は職員室にいるため、教室は放置状態。
風のうわさで聞いたところによると、部活生はもうじき新人戦なる大会があるらしく、部活の顧問もやっているうちの担任は忙しいのだろう。
という背景はさて置き、いつもの元原、渡辺、山野、与田、俺、瑠汰が揃ったグループテーブルで、彼女は言う。
「遊び行こうよ。修学旅行前に親睦深めに」
言われて俺は咄嗟に瑠汰を見た。
彼女はきょとんとした顔で手に持っていたスマホを落とす。
スマホには修学旅行の下調べ情報ではなく、ゲームのアプデ内容が映っていた。
さて、これは何に対する動揺なのか。
「部活あるぞ普通に」
「サボれよ」
「無茶言うな……って言いたいけど、正直最近コーチがハードワーク強要してきてきつかったんだよな。いい機会だし休むか」
「おっけ元原参戦~」
坊主頭を触る元原君は、いつにもましてやつれ気味だ。
運動部に参加したことはないが、炎天下の中走ったり投げたりするのはしんどそうだもんな。
「渡辺は?」
「行くよ。部活はサボるし」
「あはは。お前は部活に行けよって言いたいんだけど?」
「どっちだよ」
「私も行けます」
「おっけ。じゃあ後はそこのお熱いカップルね」
あれよあれよという間に俺達以外全員の参加が決定してしまった。
俺は特に断る用事もないため、参加できると思うが。
「う、ウィングマンがクラフト……?」
隣で絶句しているツインテール。
どうやらさっきの動揺は与田さんの言葉ではなく、アプデ内容へのものだったらしい。
恐らく与田さんの話は聞いてない。
ゲームが絡むと周りを遮断するのはこいつの癖だ。
「おい」
「ハッ!?」
「瑠汰ちん、聞いてた?」
「え、ウィングマンが……」
「何言ってんの。週末に遊びに行こうよって誘ってるの」
「あしょびに!?」
余程驚いたのか、幼児みたいな噛み方をする瑠汰。
「修学旅行前に親睦深めたいじゃん?」
「な、なるほど。鋭登はどうするんだ?」
「行くぞ」
「じゃ、じゃあアタシも行く!」
意気込む彼女に、与田さんはニヤッと笑った。
「いくときは一緒だもんね」
「ま、まだそういうことはしてないんだが!?」
「「「「え?」」」」
咄嗟に否定しようとするも、アホなうちの子大失敗。
”まだ”ってなんだよ。
やめてくれ、俺が恥ずかしいから。
「アグレッシブなんですね」
「へぁ? ……はぁぁぁん! ち、違うから!」
山野さんの言葉に自分の過ちを悟ったらしい。
手をぶんぶん振って大きな声を出すが、そのせいでさらにクラス中の注目を買う。
やはり馬鹿だ。
渡辺君と元原君はへらへら笑っている。
しかし、与田さんは意外にも目を逸らして前髪を弄っていた。
え、なんすかその反応。
経験豊富そうだし、いつも自分から変な事言ってるじゃん。
意外と初心なのか?
しかし、冷静になって考える。
俺は想定していなかった。
瑠汰との恋人という関係性、そこから二人で話したりする空間が居心地よかった。
ただその心地よさに浸っていただけ。
でもこいつはその先まで考えていて。
そうか……そうか。
ヤバい。頭が回らなくなってきた。
「ちょ、ちょっと三咲君? 顔真っ赤だけど?」
「あ、あ……いや」
「もう瑠汰ちん! 変な事言うから!」
「先に言いだしたのは与田さんだろ!? アタシのせいじゃない!」
「はぁ~もう。あっついあっつい」
手で顔を仰ぐ与田さん。
だからさっきからその反応は何なんだ。
と、そんな事を重い頭で考えていると、急に立ち上がった渡辺君と元原君に手招きされる。
「ちょっと三咲良いか?」
「あ、あぁ」
「どこ行くの?」
「ちょっと男だけの秘密の会議」
「あっそ。山野さんどう思う?」
「さぁ。私には縁のない世界ですから」
「え~? 山野さん可愛いじゃん。ほら、こうやって前髪あげて……」
「うわ、めっちゃ可愛い! 凄い!」
「朱坂さんが言うと嫌味にしか聞こえません」
俺達が教室を出るとき、女子のキャッキャ騒ぐ声が聞こえる。
チラッと見ると、目を輝かせて山野さんを褒める瑠汰の顔が視界に入った。
あいつの何より良いところは、素直なところだよな。
俺にだけはツンデレなのか何なのか、たまに致死量の毒を吐くが。
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