第127話 己の過ち

「大方の話は既に察しています。私が秘密を知ってしまったことを危惧して、口止めをしようとしているんでしょう? なにせ学校内でこの件について把握しているのは当事者のあなた達二人と、三咲鋭登君の彼女さんだけだったのですから」


 萌夏の奴、とっくにすべて話していたらしい。

 帰り途中で話したのだろうか。

 外でそんな込み入った会話をするなんてこいつらしくもないな。


 しかし、俺が萌夏を見ると彼女も困ったような顔で俺を見ていた。

 え?


「うふふ。あっているんですね」

「ただの推察だったんすか?」

「えぇ。前半はともかく、後半の秘密共有者については全て私の勘です」


 紛らわしい。

 そして恐ろしい。


「朱坂瑠汰さん、でしたね」

「何故それを!?」

「有名人ではありませんか。可愛らしくて素直で。私、実はお好み焼きを購入しているんですよ。あの文化祭でね」

「い、意外です……」

「丁寧な対応にとても好感を抱きました」


 文化祭とか、そういう行事に参加するタイプとは思わなかったのだが。

 意外とアクティブな側面もあるらしい。

 と、彼女はちらりと我が妹を見る。


「どこかの嘘つきさんよりよほど可愛いです。三咲鋭登君の彼女」

「ッ!」


 まぁなんと鋭い嫌味だろうか。

 萌夏はその言葉に俯き、こぶしを握り締める。

 再三瑠汰の方が可愛いと自分でも言っているし、地雷ワードなのだろう。


 だがしかし、今の先輩の発言を否定する気はない。

 だって瑠汰の方が可愛いのは事実だもの。


 佐倉先輩は萌夏をいじめて満足したのか、俺に向き直る。


「私はね、前にも言ったと思いますが、誰にでも優しくて裏表のない学校一の美少女なんて存在しないと思っているので、前から三咲萌夏さんのことは胡散臭いと感じていました。だからこそ、弱みを握った私は今物凄くわくわくしてます」

「いい趣味ですね」

「スマホと睨めっこするのと同じくらいでしょうか?」

「……遮ってすみません」

「いえ大丈夫ですよ。それでですね、私はあなた達の秘密を利用して遊んでもいいのですが……」


 そこで今度は萌夏を見る先輩。


「帰り道で彼女が言ったんです。『意地悪するのは私にだけにしてください』と」

「えっ?」

「うふふ。素晴らしい兄妹愛、しかと確認させていただきました。しかし……」


 彼女は目を伏せてわざとらしくため息を吐く。


「それでは面白くありません」

「というと?」

「期限を設けました。なんでも関係性を公表するかどうかで萌夏さんは悩んでいるのだとか。だからその決断をするまでに時間制限を設定したのです」

「萌夏?」


 俺が聞くと、彼女は無言で頷いてみせた。


「期限は十一月初週まで。要するに我々図書委員が運営する読書イベントの終了日までと致しました。そこまでに決断をしなければ……萌夏さんは己の過ち全て、そして自分が如何に酷い人間かという事を知らしめるそうです」



 ◇



 先輩が帰った後、俺はまだ自室に残っている萌夏に聞く。


「本気か?」

「うん。いい機会だと思って」


 彼女は顔も見ずに言った。


「どのみち私は答えを出しあぐねてる。このまま鋭登の優しさに甘えてたら、いつまで経っても決められない」

「それは、そうかもしれないけどさ。急だろ。それに何故あの先輩とそんなふざけた取引をしたんだ」


 元々関係性を盗み聞かれた時点で負け戦だ。

 優位は常に向こうが有しており、俺達にできるのは泥試合。

 だからと言って、付き合う必要もない。

 何故ならあの人には人望がないから。

 誰もあの人の言葉を信じて萌夏の本性を疑いはしないだろう。

 仮に暴露されても、向こうが嫉妬に駆られてありもしない嘘をでっち上げたと思われるだけだ。


「罪悪感……かな」

「……馬鹿だろお前」

「あんたに言われたくないんだけど」


 無駄な正義感なんて、合理的な価値観の前には障害でしかない。

 そんなこと、取捨選択をしっかりやってきた他ならぬ萌夏なら誰より理解しているだろうに。


「あと、あの人から逃げたくない」

「負けず嫌いだな」

「あは、そうかも」


 お互い顔は合わせない。

 もっとも、辺りも暗くなっているため顔の中身も見えない。


「だからって、己の過ちってなんだ。まさか俺に対して言ったこととか、全部公開するつもりか?」

「そうだよ。私はこんなクズです。どうぞ罵ってくださいって」

「きっも」

「確かに」

「……」


 やめろ、とは言えなかった。

 自傷行為に等しい選択だが、俺には止める文言が思いつかなかった。

 だって、この選択は過去の俺が取ったものと同じだから。

 自分が犠牲になればすべてが丸く収まると、身内が傷つくくらいなら自分が全部受けてやろうと。

 俺が中二の冬にとった行動と同じなのだから。


「お前、愚妹だよ」

「じゃああんたは愚兄だね」

「間違いない」


 萌夏はそう呟くと、大きく息を吐いた。


「私は制裁を受けるべきなの。このまま許されるなんて、こっちから願い下げ。仮にみんなから嫌われて虐められても、当然の報いだもん。私には……みんなから愛される資格なんてない」


 制裁を受けるべき、か。

 どれだけ俺が気にするなと言っても、過去への後悔はなくならない。

 水に流すなんてプライド的にも無理なんだろうな。


 だがしかし、萌夏よ。

 万が一お前が関係性の告白に加えて、自らみんなに嫌われようとし始めたら、俺は全力でお前を庇うからな。


 嘘でもなんでもついてやる。

 頼れるものも何でも使う。

 大事な妹の築いた世界を、そう簡単に壊させやしない。


「まぁ期限内に心が決まらなかったらの話だから」

「おう」

「あーあ。お腹空いたね」

「そう言えば瑠汰って意外と小食なんだよ」

「はぁ、ひと段落着いたと思ったらまた彼女の話?」

「いいだろ。佐倉先輩お墨付きだぞ」

「確かに、あの人が人の事褒めるとは思わなかった」


 ようやく笑みを見せた萌夏に、俺も笑う。


 俺としては双子の関係性は伏せていたいのだが、あんまり強くも言えない。

 俺の嘘のせいで萌夏に罪悪感を与えているのも事実だからだ。

 彼女から救いを奪うのは気が引ける。


 そんなことを考えながら、俺は曖昧に口角を上げた。





 ◇


【超絶どうでもいいあとがき】


 本日、実は作者の誕生日でして。

 今日で20歳になりました。

 これからもよろしくお願いいたします!

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