第126話 両方腐ってる
「何やってんの……?」
「いや、ちょっと笑顔の練習を」
「意味わかんないんだけど」
顔を引きつらせる我が妹、萌夏。
必死に弁明を試みたが悲しいかな。
言葉を重ねる分だけより一層心の距離が開くような気がするんですが一体。
と、そんな光景にふっと背筋が凍るような笑みを佐倉先輩は浮かべる。
「笑顔の練習は大事ですよね。わかりますよ。嘘つきにはとても重要なスキルです」
「……」
無言で萌夏を見ると、彼女はパッと目を逸らした。
そして言う。
「あのさ、話はここでいいかな」
「どうぞ」
どうせそんな事だろうと思ったさ。
有事の際に使われるのは俺の部屋。
まぁいい。
佐倉先輩とのコンタクトという実働を任せたのは俺だ。
これくらいのサポートは当然である。
我が物顔で俺のベッドに腰を掛け、足を組む妹。
その姿を確認しながら俺はにっこりスマイルで案内する。
「じゃ、こちらへどうぞ」
「あなたはどこに座るんですか?」
「床です」
「……え?」
先輩に己の椅子を差し出し、自分は床という一段も二段も低い位置に収まる。
これができる男って奴だな。
初めて見せられた佐倉先輩の驚いたような、憐れむような表情に傷ついたのは内緒だ。
うぅ。この人に憐れまれたらおしまいだよぉ。
「じゃあ先輩、話をしますね」
「うふふ。本当に学校では仮面をつけているんですね」
「そうですね。まぁ良いんじゃないですか? 誰も傷つけてませんから」
「お兄さんのことを無いものとして扱っているのに?」
「ッ! そ、それは……」
口ごもる萌夏。
その反応に邪悪な笑みを浮かべる佐倉先輩。
俺が口を挟もうとすると、被せるように先輩は続けた。
「学校一の美少女三咲萌夏。誰にでも優しくて明るくて、外見も内面もパーフェクトな文句なしの女子高生。だけどその実、血の繋がった兄の存在を蔑み否定し、周りに嘘をついてまで関係性の隠ぺいに勤しんでいる性悪女……という印象なのですけれど、どうなんでしょう?」
「……ま、間違いないです」
「間違いだろ」
「えっ?」
困惑したように俺を見る萌夏。
俺はとりあえずそれを放置し、佐倉先輩を見つめる。
「萌夏は今、俺のために関係性を隠してくれています。存在を否定しているのは俺です。性格が終わっているのは俺の方です」
「ちょっ――」
「黙れ。話は終わってない。……先輩、俺達は過去にたくさんトラブルを経験しました。双子で性別も容姿も性格も違う俺達には、想像を超える面倒ごとがたくさんあったんです。だからこそ、もう繰り返したくない。その思いで関係性を伏せています。それに、存在を否定しているなんて言いましたが、俺は、萌夏が大好きです」
俺の言葉に、先輩は表情を変えない。
ただじっと、目の奥を覗き込まれている。
「三咲萌夏さんは性格が悪くない、悪いのは全部俺だ……ということですか?」
「違いますよ。こいつの性格の悪さも大したもんです」
「なんなのあんた」
「俺達は双子です。両方中身は腐ってる。でも、家族を、好きな人を傷つけるようなクズではありません」
性格が悪いには二種類あると思う。
倫理観の欠片もない、完全自己中。
己の欲望のためなら邪魔者をすべて貶めようとする人格破綻者。
そして、大切なモノを守るために取捨選択を行う人間。
萌夏は後者だ。
こいつの中には優しさがある。
愛情がある。
俺ははっきりとそれを感じながら生活をしている。
嫌味だらけだとは思っていたが、本気で憎めなかったのは、その根っこにある感情に何となく気付いていたからだろう。
俺の言葉に、先輩は笑った。
いつもの含みのあるような笑いではなく、すっきりした笑い方で。
ややぎこちないものの、目を細めて口を押えるその姿は自然だった。
結構可愛かった。
「二人の事情、把握しました」
その言葉に俺はほっと一息をつく。
人前で自分の考えを語るなんていう慣れない行為に挑戦したが、なんとか上手くこなせたらしい。
しかし、先輩は無慈悲に言った。
「では尚更面白いですね」
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