第125話 カッコいい彼氏

 少々計算が狂ってしまった。

 昼休みに萌夏が佐倉先輩に接触するのは知っていたが、まさかその場に瑠汰も居合わせてしまうとは。


 あぁなった以上わざわざ場所も変えられないし、事故みたいなものだが瑠汰にも知られてしまった。

 結局、俺と佐倉先輩が秘密を共有している事実を瑠汰も知ってしまったのである。

 あまりその点に関しては気にしている風はなく、その後もどちらかと言うと心配をしてくれた。

 ありがたい限りだが、胸は痛む。


 と、ここ最近瑠汰に甘えっぱなしな気がする。

 もうそろそろ何かしら良いところを見せたいものだ。

 だがしかし。


「俺って、カッコいい彼氏してた時あったっけ……?」


 一人呟いて、ゾッとした。


 三年前も現在も。

 俺はあいつに何をしてあげただろうか。

 ヤバい、一つも覚えがない。


「嘘つきで、頼りなくて、卑屈で……はは。もうそろそろ本気で振られるかも」

「さっきから何言ってるの?」

「あぁ、与田さんいたのか」

「隣の席だから当然じゃん?」

「なるほど」


 そう言えばまだ教室だった。


 荷物をまとめながらぼそぼそ言っていた俺を、与田さんはニヤニヤ笑いながら覗き込んでくる。


「どしたの? 相談してみなよ」

「なんでもないよ」

「えー。嘘下手すぎ」

「嘘がッ! 下手ッ!?」

「なにその反応、キモいんだけど」


 咄嗟に大きな声を出してしまった。

 珍しく引いた顔を見せた与田さんに、俺は咳払いをする。


「ご、ごめん。タイムリー過ぎて」

「ふーん」


 俺の嘘が下手すぎる原因で騒動になったこともあったな。

 文化際の粉もん売り上げ対決の時だ。

 俺が変な反応をしなければ、わざわざ表立ってあいつと対立することもなかった。


「なぁ与田さん」

「どしたの」

「カッコいい彼氏って、なんだ?」


 さっき自分で考えたが、そもそもよくわからなかった。

 カッコいいとは一体。彼氏とはなんぞ。


 俺の問いに与田さんはあっけらかんと言った。


「誠実で、頼り甲斐があって、自信もあるとこかな」

「……」

「あはは。死にそうな顔しないでよ。三咲君も誠実だし、頼り甲斐あるじゃん。自信はないけど」


 誠実で、頼り甲斐がある、か……。

 果たして、本当にそうだろうか。

 なんて考えてる時点で、カッコいい彼氏像とは逸脱している気がする。


「……ただ瑠汰に、何かしてやりたいだけなんだけど」

「え?」

「あぁ! ありがとう与田さん。めちゃくちゃ助かったよ」

「何がよ?」


 とりあえずは今からの戦いに勝つところからだな。

 打倒佐倉先輩。

 さっさと問題を解消して、久々に瑠汰とゲームでもしたいところだ。


 トイレに行っている瑠汰を待っていると、帰り支度を済ませた与田さんは俺を横目で見てすれ違いざまに言った。


「自信は自然な笑顔から。ほら」

「お、おう」



 ◇



 瑠汰と一緒にいつも通りの下校を終えた後、自宅に辿り着く。

 萌夏の帰りはまだだ。

 先輩は萌夏が連れてくる手はずだった。


 自室に入ると、なんとなく先程の与田さんの言葉が気になった。


「笑顔、ねぇ……」


 自身の容姿に頓着がない俺の部屋に、鏡なんてお洒落なもんはない。

 机にスマホを置き、カメラアプリで自分の顔を見る。

 冴えない、陰キャな顔だ。


「はは。表情筋死んでるなこいつ」


 馬鹿にするように笑ってみると、画面の中の俺も笑う。

 しかし、笑うと言ってもちょっと口が動く程度。

 まるで口角が上がっていない。


「あれ、おかしいな」


 こんなに愛想なかったっけ。

 気になって引き出しの中から小学校の頃と中学校の頃の卒業アルバムを取り出した。

 そして見比べてみると、一目瞭然だった。


 中学を境に、格段に顔が死んでいる。

 クールになったとかじゃない。

 生気が失われたというか、なんというか。

 とにかく見ていて痛々しい何かがあった。


 再びスマホを見て、現在の自分の顔を見る。

 そして瑠汰や、萌夏の顔を思い出した。


 瑠汰は俺と話すとき、いつも楽し気に目を細めて、緩い顔をする。

 萌夏は学校では口角が常に上がっているし、家ですら楽しいことがあった時は目を輝かせて笑う。


 あいつらを見ていると可愛いと素直に思えるし、元気をもらえるのはそういう事か。

 ……っと、あいつらではないな。

 瑠汰だけだ。


「なるほど。ちょっと頑張ってみるか」


 カメラの前でニーッと口角を上げてみる。

 やばい、なんか顔の筋肉攣りそう。


「いたた……」

「面白い趣味をお持ちなんですね。三咲鋭登君」

「ハッ!?」


 一瞬にしてぶち壊される俺の空間。

 振り返ると、何故か扉が開いており、さらには二人の女の姿が。


「あんた……きも」


 最悪なところを見られた。

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