第124話 猫かぶりVS闇ぼっち

「佐倉先輩、隣良いですか?」

「なんですか急に」


 木の向こうで声が聞こえる。

 ただ可愛い子ぶっているわけではなく、ナチュラルな声音だ。

 いつもの三咲萌夏を演じている。

 あいつの凄い所は、ただ猫をかぶるのではなく、あくまで自然体を装えるところだよな。

 だがしかし、相手が悪い。


「嫌です」

「……そんなぁ」


 姿が見えないため正確な状況判断はできないが、恐らく佐倉先輩は今、物凄く冷たい表情をしているだろう。


「……どういうことなんだよ」

「……いずれ説明するさ」


 何も知らされていない瑠汰は眉を顰めるが、仕方ない。

 そもそも俺は瑠汰に佐倉先輩の存在すら説明していないのだ。

 だから当然、委員会であの先輩から言われたことも教えてない。


 これは、全て妹との話し合いの結果だ。


『いい? 瑠汰には佐倉先輩の事言っちゃダメだから』

『なんでだよ』

『まず嘘が下手すぎてややこしくなる』

『それは……まぁ』

『あと、単純にあんたが他の女と秘密を共有してるって知ったら、絶対良い気しないだろうし』

『……』


 昨晩の言葉で俺は少し前の彼女の姿を思い出した。

 あれはそう、席替え直後だ。

 瑠汰の嫉妬や寂しさの相手で毎晩連絡を取り合ったり、少々粗んだ生活を送った日々を思い出す。


 現在ジト目で俺を見ながら、パンを頬張る瑠汰。

 もぐもぐしている顔が、なんだかめちゃくちゃ可愛く見えてきた。

 俺、幸せ者だよ。


「な、なんだ急にじっと見てきて。食べにくいんだが?」

「失礼」

「……変なの」


 と、そんな会話をするうちにも背後のイベントは終わらない。

 向こうから先輩と妹の声が聞こえる。


「わかってますよ。口封じがしたいんでしょう? 思ったより行動が早かったですが、まぁ想定内です」

「口封じだなんて、とんでもないです!」

「その口調も、無理しなくていいですよ」

「ッ!」

「うふふ。そんな顔もできるんですね。学校一の美少女さん?」


 先輩に手玉に取られているようだ。

 流石の萌夏と言えど、完全に詰んだ状況から五分にもっていくのは厳しいか。

 きっと今頃、顔を引きつらせている事だろう。


「大好きなお兄ちゃんは一緒じゃなくて良かったんですか?」

「……なんの話ですか」

「やっぱりあの人とそっくりですね、バレている嘘に縋るその姿。こっちの態度の方が可愛いですよ?」


 つい先日俺が言われたことと同じことを言われている。

 そして大好きなお兄ちゃんと言われて、萌夏が一瞬反応したのがわかった。


「私にわざわざ話しかけてきたんです。それなりに考えがあってのことですね?」

「……はい」

「聞きましょう。条件次第なら飲みますから」


 佐倉先輩はまるで茶番を楽しんでいるみたいだ。

 そんな彼女に、萌夏が言う。


「今日の放課後――」

「――えぇ、いいですよ」


 最後だけかなり小声だったため、あまり聞き取れなかった。

 だが必要はない。

 何故なら何を言ったかわかっているから。


「じゃあ佐倉先輩、また!」

「ふふ。あなたも大変ですね」


 元気よく手を振りながら歩いて出てくる萌夏。

 彼女は俺を見て、その後に瑠汰を見た。


「ん?」

「……」


 無言で立ち去る妹を目で追う俺に、瑠汰は首を傾げた。


「さっきの話すなって言ったのは、萌夏ちゃんの事だったのか?」

「そうだ」

「なにがあったんだ?」


 若干心配そうに聞いてくる瑠汰。

 そんな彼女に、佐倉先輩との一件を隠したまま放置するのはなんだか罪悪感が湧く。

 しかし。


『明日、佐倉先輩と接触するから』

『マジか? どうする気だよ』

『瑠汰の時と一緒。うちに呼ぶ』

『上手くいくのか?』

『うちまでは来てくれるでしょ。どうせ私達、もはやあの人のおもちゃみたいなものなんだから。それに、口封じの方も任せて。交換条件を付けるから』


 昨日作戦を話していた時の萌夏の顔を思い出す。

 瑠汰に話すことで状況が拗れる可能性は高い。

 ここで喋るのはただ自分が楽になりたいって感情だけだ。

 問題は俺一人の物じゃない。勝手な事はしたくない。


「……ごめん。でも安心してくれ。もうヤバい事にはならないから」

「……まぁ例の関係が問題ってのはわかるからな。萌夏ちゃんが動いてるんだったら大丈夫だろ。アタシが変に首ツッコむと拗れそうだし。むしろ嘘下手だから知らない方が良いまであるんだわ」

「ありがとう」


 優しい笑みを浮かべつつ、俺の意を汲んでくれる。

 いつもはあほっぽいのに、実は気遣いができて、空気も読めるのがうちの彼女だ。

 感謝しかないな。


「大好きだよ」

「はぁっ!? 急に何言ってんだよ!」

「あ、いや……ごめんつい」

「それが一番問題なんだが!? ま、まぁアタシも、好きだけど。あ、違うぞ? あれ、何が違うんだろ」

「知らねえよ」


 二人で顔を見合わせ、吹き出す。

 なんてイチャついていると、木の裏からどす黒いオーラを感じた。

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