第121話 双子の戦い

 妹が部屋から出て行くのをなんとなく眺めていたが、すぐにハッとする。

 あいつに言わなきゃいけないことがあったんだった。

 すぐに席を立ち、俺も彼女を追う。


 既に自室に入っていたらしく、俺は妹の部屋を開け――ようとして踏みとどまった。

 なんの合図も無しに部屋を開け放つのは無遠慮だよな。

 親しき中にも礼儀あり、だ。

 そもそもこの前部屋に勝手に入らないと約束したばかりだったし。


 コンコンと軽くノックをすると、中から声が聞こえる。


「誰?」

「お前の兄ちゃんだ」

「……なんの用?」

「話があるんだけど」

「……」


 返事が急に返ってこなくなった。

 まさか心臓麻痺でも起こしたのかと心配に思っていると、すぐに中から妹が出てくる。

 手には袋を持っていた。

 どうやら風呂に入るつもりだったようだ。


「私今からお風呂入るけど」

「そうか……」

「大事な話なの?」

「あぁ」


 佐倉雛実に俺達の関係性が完璧にバレているというのは、大事だろう。

 出来れば早めに話しておきたい。


「うーん。でも今日は体育あったから汗流したいし」

「それは俺もそうだけど」

「あんたはどうせ端っこでサボってるでしょ。陰キャだし」

「な、何故それを!?」

「そのくらい予想できるし」


 なんともまぁ悲しい話だ。

 流石は双子。

 いや、こいつの中の俺の高校生活が悲惨過ぎるだけかもしれないが。

 悲惨も何も事実だろっていうツッコミは無しだ。


「お前はサボらないのか? 運動音痴なのに」

「走るの遅いだけだし」

「球技もダメだろ。俺とか健吾達に混ざってドッジしてた時に泣いてたじゃねえか」

「あんたが思いっきり当ててくるからでしょ?」

「避けられない奴が悪い。取れない奴が悪い」

「サイテー過ぎ。マジなんなの」

「ははは」


 昔の萌夏は面白かったな。

 女子友達と遊べばいいのに、暇だからといって定期的に俺達にくっついてきていた。

 そしてそこでぼこぼこにされてよく泣いていた。

 弱虫で泣き虫で、本当に……。

 それなのに、なんてふてぶてしくなったものか。


 って違う。

 そんな話はどうでもいいんだ。


「じゃあなんだ。一緒に風呂入るか? 双子水入らずってことで」

「死にたいの?」

「冗談に決まってるだろ。じゃあ夕飯の後な」

「わかった」


 萌夏は頷くと、風呂へ向かった。



 ◇



 夕飯の後、久々に俺の部屋に集まった。

 ちなみに座席は萌夏が椅子を占領、俺は地べたに正座だ。

 さっき冗談で風呂に入るかと聞いたのが余程気に障ったらしい。


「で、話って何?」

「佐倉先輩の件だ」


 名前を出すと一瞬で顔色が変わった。


「話せたの?」

「おう。この前の嘘つきは好きって発言の真意も聞けたぞ」

「詳しく教えて」


 勿論だ。

 そのためにわざわざこうして話の場を設けているんだからな。

 俺だって用も無しに妹を部屋にあげるのは嫌なのだ。


「結論から述べると、双子だってバレてる」

「なんで!?」

「うるせえな。夜だぞ」

「ご、ごめん……。でもなんで?」


 大声で聞かれて耳を塞ぐ俺に、萌夏は身を乗り出して聞いてくる。

 度数の高いレンズ越しに見えるおめめも真ん丸に見開かれていた。


「俺とお前が廊下で話した日あっただろ?」

「うん」

「あの日、すぐそばの女子トイレに佐倉先輩がいたらしくてさ。そこで聞いたんだって」

「……嘘でしょ」


 絶句したように項垂れる萌夏。


「でも、双子なんて言ったっけ?」

「言ってた。バッチリな」

「……あ。思い出した」


 ようやく記憶との照合が済んだのか、萌夏は声を漏らす。

 しかしすぐにその声は焦燥感を帯びた。


「ど、どうしよう」

「どうしようったって、バレたらなぁ」

「なんでそんなに落ち着いてるの!? あんたは双子だってバレたくないんでしょ?」

「そうだけど」

「じゃあヤバいじゃん! せっかく二人で……いや、三人で隠してきたのに!」


 信じられないと言わんばかりに声を荒げる妹に、俺もなぜこんなに落ち着いているのかわからない。

 だけど、やることは一つだ。


「状況はそんなに悪くない。八月と一緒だ」

「……瑠汰にバレた時とは違うでしょ。性格とか、関係性とか」

「関係性は確かに違うが、性格はどうだろうな」


 俺は昼の先輩の言葉を思い出す。


『他人の思考もロクに考えずに勝手に判断するような大衆など、死んでしまえばいいんです。未来永劫関わり無用。汚らわしい』


 いつもただの毒とは違う、もっと深い意味があるように思えた。

 彼女の過去の出来事からなる思考なんだろうが、俺はそこまでその言葉に嫌な気はしなかった。

 だって考えてみろ。

 他人の思考もロクに考えずに勝手に判断するような大衆を嫌っているという事は、少なくとも彼女は他人の気持ちを考えながら動いているというわけで。

 確かに性格は悪いが、悪い人ではないような気がした。

 まぁただ、まだ彼女を判断する材料にはならない。

 今までの言動のヤバさの方が勝つ。


「瑠汰の時と同じだ。バレたらまずは何をする?」

「……お約束の確認と、口封じ」

「頼んだぜ、学校一の美少女」

「……その”だぜ”っていうの本当にキモい」


 大事な情報収集は行った。

 ここからやるべき対策は、俺よりこいつの方が適任だろう。


 眼鏡を両手で触りながらぶつぶつ文句を言っている芋臭い妹に、俺は片棒を託した。

 ここからは双子の戦いだ。

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