第120話 離れた方が良い

「萌夏は志望校はないけど、とにかく成績を上げて視野を広げるらしいよ」

「……」

「鋭登はどうするの?」


 俺の成績は萌夏と比べるとちんけなものだ。

 だが、一応全国偏差値は五十を超えているし、お先真っ暗という程でもない。

 そもそもうちの学校の生徒がみんな化け物なだけだ。


 ただ、志望校か。

 今俺は目に浮かんだ光景に身震いがした。


『鋭登、同じ大学受けようよ』

『おう、どこ受けるんだ?』

『地方ブロック大』

『おっ、おう……』


 瑠汰ともいずれこういう話になるだろう。

 あいつがどう思うかは知らないが、少なくとも俺は同じ大学に通いたい。

 そうなると、成績という壁はかなり大きい問題だ。

 意外と勉強ができる彼女に追いつくには、かなりの勉強時間が求められる。


「勉強します」

「当たり前の事言わないの」

「……萌夏と大体同じ感じで」

「しっかりしなさいよ、もう」


 苦笑いする母親に、俺も曖昧な笑みを浮かべながら頬を掻いた。

 と、萌夏がボソッと呟く。


「大学は違うところにしてよ」

「当たり前だろ」


 大学まで一緒に通うって、気持ち悪すぎだろ。

 ただでさえ高校に仲良く通っている時点で異常なのに。

 しかし、即答の俺に萌夏は頷く。


「確かに今のあんたと私じゃ志望校被らないか」

「ははは。文系と理系だからな。大学は学部ごとに偏差値の幅もあるし、被るかもしれないぞ?」

「そっか、でも文理違うから多分キャンパス違うんじゃない?」

「それもそうだ」


 俺は文系。萌夏は理系。

 うちの学校は元から女子比率が高いため、理系も女子が半数いるが、大学ではそうもいかないだろう。

 オタサーの姫的な立場に行くのかしら。

 どうでもいいな。

 俺は自分の彼女をどう守り抜くかだけを考えなければ。


 仮に瑠汰と同じ大学に行けたとして。

 国立なら恐らく人文学部だ。

 文系と言えば、イケてる男子がわんさかいるだろう。

 そんな中で、サークルの新歓やらゼミの小クラスやら、狙われ機会は多岐にわたるだろう。

 なんと言っても俺のツインテールはあの美貌に加えて巨乳で、なにより頭のねじが抜けているため隙も多い。

 うわ、怖くなってきた。


 その点、隣の妹を見る。

 ぼーっと壁掛け時計を見上げる妹の横顔は、それはもう整っている。

 双子の兄の目から見ても十分可愛い。

 絶対に狙われるだろう。

 こいつがどうなろうと知った事ではないが、それはそれでちょっと嫌だな。

 心配だ。


「なに、人の事じろじろ見て」

「可愛いから大学に進学した後が心配だなぁって」

「ッ!?」

「あ」


 思わずそのまま答えてしまった。

 馬鹿か俺は。


「ヤバいってあんた。色々キモい」

「でも、やっぱり心配だし……」

「そういうのがキモいって言ってるの!」

「なんだよ、さっきからキモいキモいって! 確かに言ってることは気持ち悪いかもしれないが、家族としては心配なんだよ。なぁお母さん?」

「ま、節度を弁えれば何事も経験じゃない?」

「お母さん!?」


 なんだこのばばあ。

 自分の娘の事を何だと思っているのか。

 しかし、俺の講義の視線に肩を竦める。


「確かに夜道とかは心配だけど、ねぇ。だけどずっと鋭登がついてあげるの? お母さんはそっちの思考の方が心配よ。あんた達は距離が近すぎるの」

「べ、別に私は違うじゃん」

「萌夏の方が異常よ」

「お母さん!?」


 ここに来て母親はため息を吐いた。


「いい機会よ。お互い離れた方が良い」


 今まで十七年間、ずっと一緒に暮らしてきた。

 高校は無干渉だったが、それでも同じ空間で生きてきたのは確かだ。

 他の双子なんて知らないため、自分たちの関係がどうかなんて考えたこともなかった。


「ちょっと考えなさい」


 そこまで言って、母親はキッチンの方へ向かった。

 夕飯の支度へ移るらしい。


「……なんか嫌な感じ」

「……あぁ」

「……もとはと言えばあんたのお節介のせいだけど」

「……おい」


 妹は文句を言ってすぐに立ち上がった。

 そして俺の肩に小さな手を置いて言う。


「……でも、ありがとね」


 去って行く制服姿の妹を目で追いながら、俺はふと口角が上がっていることに気付く。


 確かに、距離を置いた方が良いのかもしれないな。

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