第118話 ご褒美ではありませんか?

 と、こんなふざけたやりとりをしている場合でもないだろう。

 俺は疲れた顔をしている瑠汰に聞く。


「親はまだいるのか?」

「いない。昨日すぐ帰した」

「……」


 随分可哀想な扱いである。

 久々に会った娘にぞんざいに扱われ、さらに裏では八割はニートなどと酷い言われようの親父さん。

 不憫だな。

 これがゲーム実況というものを生業にした人間の未来か。

 なかなか恐ろしい闇に直面した気がする。


「ってかいたらなんだよ。本気で挨拶するのか?」

「そりゃなぁ。ってかお前もうちの母親と会ってるし」

「あ、そういえば」


 萌夏と一緒に三人で体験入学会の作戦を練った日だ。

 実はひょんなことからしれっと挨拶も済ませているのである。


「だから俺がお前の親に会うのも普通だろ。なんなら三年前も付き合ってたのに」

「……」

「あの時は親にバレなかったのか?」

「全然。アタシ超機嫌悪かったから親と会話してないし」

「なるほど」

「君こそどうなんだよ」

「お前も知っていると思うが、中二後半から俺は世捨て人だった。家族との会話なんてあるわけない」

「……なるほど」


 お互いに中学時代は人間関係に難があったからな。

 家でも外でもピリピリしていた。

 そして俺は瑠汰と話す時だけが至福だった。

 唯一自分を曝け出せて、それを認めてもらえる居場所。

 恐らく瑠汰も同じだろう。


 そんなわけだから、親との仲も最悪。

 うちの場合は親以上に、双子の妹と絶縁状態に近いところまでいったし、家庭内環境自体が最悪だった。

 今思うと申し訳ないな。

 今度久々に家族旅行でも提案しようかしら。


 いやいやだがしかし、連れ回せない曲者がいるんだった。

 どこで知り合いに会うか分かったもんじゃないし、基本的に俺と萌夏は一緒に外に出れない。


「まぁなんでもいいけど、うちのお父さんはマジで無理。キモいから」

「口悪いな。前の萌夏みたいだぞ」

「えへへ」

「褒めてねえよ……」


 萌夏の名前を出した途端に目を細めて笑う瑠汰。

 こいつ、呆れるほどに大好きだよな、萌夏の事。


「学校一の美少女に似てるって言われたら嬉しいんだぞ?」

「お前の方が可愛いのに?」

「そんなわけないんだわ。でも、そっか」


 瑠汰はそこで立ち止まる。

 俺も歩みを止めて瑠汰の顔を見た。

 彼女は思案顔で固まっていた。


「萌夏ちゃんが学校一の美少女じゃないと、アタシにお鉢が回ってくるのか」

「そうだな」

「それは困る。目立っちゃうよ」

「……確かにな」

「正直あんなにみんなに慕われるのって、逆に気持ち悪いし」


 最近はちょっと落ち着いたが、学内アイドル超えて、もはや神格化レベルってのが瑠汰が転校してくる前の萌夏のポジションだった。

 俺は蚊帳の外から眺めるだけだったが、確かに異常だと思っていた。

 その違和感は俺があいつの血縁者だからだと思っていたが、やっぱキモいよな。


「なんであんなにもてはやされてるんだ?」

「可愛いからだろ」

「そんなに?」

「顔だけじゃないんだよ。優しいし、なんて言うか、言動の全てに”可愛いっ!”がにじみ出てる」

「……えぇ」

「おい、引くなよ」


 実の妹をこんなに褒められたら引くだろ、普通に。

 若干顔を赤くした瑠汰はそのまま続ける。


「とにかく、君が思ってる以上に萌夏ちゃんは可愛いんだよ」

「へぇ」

「あ、あれじゃないのか? 君が萌夏ちゃんの可愛さを認めてあげないから、萌夏ちゃんは君に可愛いって言わせたくて張り切ってるとか」

「んな馬鹿な話があってたまるか」


 それだけはない。

 断じてない。


 第一あいつは俺に可愛いって言われるのを死ぬほど嫌ってるしな。

 理由は単純に照れと気持ち悪さからだろう。

 どちらにせよ、家族に可愛いとかカッコいいとか言われるのは普通に胸の内がざわざわして嫌な気になるもんだ。


 それに、意外と俺は褒めていたつもりだし。


「ただ負けず嫌いなだけだろ。今はお前に負けたくないんじゃないのか?」

「アタシ? 萌夏ちゃんが鼻くそほじりながら登校してきても勝てないよ」

「……」


 大真面目な顔で言う瑠汰。

 どんな例なんだよ。

 やっぱりうちの彼女は頭の具合が悪い。


「話し戻すけど、とにかくアタシのお父さんには接触するな」

「そもそも活動名すら知らないんだけど、俺」

「調べるなよ? 調べるなよ?」

「名前くらい教えてくれよ」


 昔からやけに隠したがるのだ。

 職業まで言ったのなら、活動名も教えてくれればいいのに。

 逆に気になって仕方がない。


 しかし瑠汰は手をばたばた振りながら凄い剣幕で言う。


「ぜーっったいダメ! 君には今後Y〇utubeを見る事を禁じる! その名もようつべ禁止令だ!」

「破ったらどんな罰があるんだ? 別れるとか?」

「なんでアタシにもダメージある罰を選ぶんだよっ! 流石に草なんだわ」

「じゃあどうするんだよ?」

「うーん。あ、そうだ」


 瑠汰はニヤッと笑った。


「アタシの家に泊まり込みで家事当番させるからなっ!」

「……ごくり」


 それは、なんというか――。


 ご褒美ではありませんか?


 早くも禁止令を破りたい気持ちでいっぱいです。

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