第116話 異物の存在

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「いいですが、話が長引きますよ? 私と二人きりの会議の時間が増えるのはあなたにとっても苦痛だと思うのですが」

「そういう茶化しはいらないです!」


 俺の言いたいことは分かっているはずなのに、あえて論点をずらされている。

 不気味な笑みを浮かべる佐倉先輩に俺は詰め寄った。

 そして極力近くで声を小さくして聞いた。


「……なんで萌夏と俺が兄妹だって?」

「話していたじゃないですか。先々週の月曜の放課後」

「え……?」


 先々週の月曜と言えば、俺と萌夏が従兄妹だと嘘を広めた日。

 しかしながら、みんなの前で兄弟だなんて言った記憶はない。

 いや、待てよ。


『どうせ関係を隠したいと思ってたのは私の方だし、仕方ないか』

『待て、何する気だ……?』

『心配しなくても双子だとは言わない。まぁ言っても誰もすぐには信じないと思うけどね』


 思い出した。

 言っていた。

 確かに”双子”と、大事な大事なキーワードを口に出していた。


 だが待てよ。

 あの時周りには誰もいなかった。

 そしてあの場は二年生のフロア。

 佐倉先輩が聞いているのは、何故だ?


 困惑する俺に、佐倉先輩は首を傾げる。


「どうかしましたか? 顔色が悪いですよ」

「あの場にいたんですか……?」

「あの場って?」


 あの場とは、二年生フロアの女子トイレ前。

 純粋に考えてあり得るのは先輩がトイレにいた可能性のみ。


「あの日、トイレにいたんですか?」

「あらあら。女子になんてこと聞くんですか」

「うっ……」

「うふふ。そうです。あの日私はトイレに居ました」


 佐倉先輩は手に持っていた資料を置くと、そのまま目を伏せて手に顎を乗せる。


「三年フロアの女子トイレは溜まり場になっていたので、私は一つ下の階のトイレにいたんです。しかしながら無事用を足して外へ出ようとすると、何やら小声が聞こえました。何だろうと思って耳を澄ますと、学校一の美少女と名高い彼女の声が聞こえるではありませんか。それも男と一緒に密談していました」

「……」

「私は完璧美少女なんて単語が気に入りません。だってそんなものいないから。前々から一学年下の三咲萌夏さんには懐疑の念を抱いていたのです」

「それで、話を盗み聞いたと?」

「盗み聞いたと言われるのは癪ですね。公共の場であんな会話をしている方が悪いんですよ?」

「それは……」


 あの時は俺も萌夏も追い詰められていた。

 過去の嘘で二人の関係もギクシャクしていたし、そんな状況でまともな判断なんてできるわけがない。

 ただまぁ、やはり学校で話すべきではないな。

 危険はそこかしこに転がっている。


「双子なんですね」

「いや、それは……」

「うふふ。バレている嘘に縋るその顔、とても可愛いですね」

「ッ! ……趣味悪いっすね」

「ええ。自負しています。性格も趣味も最低ですから」

「……」


 自信たっぷりに自分の性格の悪さを語る佐倉先輩に、俺は顔が引きつった。


 どうする三咲鋭登。

 バレてしまった時の対処法なんて考えていない。

 バレたら人生終了という、ワンミスすら許されないハードモードで今までプレイをしてきた高校生活というクソゲー。

 ゲームオーバーは寸前だ。


「……双子じゃ、ないです」

「ふぅん。どういう意味?」

「俺と三咲萌夏さんは……従兄妹です。彼女だってそう宣言していますし」

「なるほど。あくまで隠し通すんですね。まぁ真実なんて、闇の中に封印しようと思えばできますから。大事なのは大衆の印象を操作する能力です。その点、あなたのである三咲萌夏さんは得意分野でしょう」

「……」

「でも三咲鋭登君」


 佐倉先輩はこれまでで一番邪悪な笑みを浮かべる。

 口角がぐいっと上げられ、その顔は口裂け女のように見えた。


「私が真実を知っているという事実は変えようがありません。仮に全生徒があなた方の関係を従兄妹だと認めたとしても、私という異物の存在は消滅しないのです。その辺を考えた立ち振る舞いをしてください。そして私を楽しませてくださいね?」

「……何する気なんすか」

「何もしませんよ。自慢ではありませんが私に信用はないので、仮に声高らかに『三咲萌夏と三咲鋭登は双子の兄妹です!』なんて叫んだところで、誰も相手にしてくれないでしょうし」

「寂しい事言わないでくださいよ」

「寂しくなんてありません」


 今度は笑みも浮かべず、ただ吐き捨てるように佐倉先輩は言った。


「他人の思考もロクに考えずに勝手に判断するような大衆など、死んでしまえばいいんです。未来永劫関わり無用。汚らわしい」


 その言葉はやけに含みがあるように聞こえた。

 いつもの嫌味とは若干異なるトーンというか。

 この人との接点はまだほとんどないため、何の事情も知りえないが、まぁ色々あるんだろう。

 逆に何かがないと、こうは人間ならないだろうし。


「さて、再来週に行う読書週間の企画ですが――」


 その後の話はイマイチ頭に入らなかった。

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