第114話 相思相愛以心伝心

 泣きそうな顔で鼻を触る瑠汰。

 よく見ると若干赤くなっているようにも見えるな。


「大丈夫か? まだクリスマスは遠いぞ」

「誰が赤い鼻のトナカイさんだよ!」

「え、なんで今ので通じるの……?」


 俺と瑠汰のふざけたやり取りに、与田さんは目を丸くする。

 確かに、かなり適当な振りだったが、瑠汰は上手く乗ってくれた。

 うちのあほの子はそんな状況下で満足げに笑った。


「アタシと鋭登は通じ合ってるからな! この程度の意思疎通は当然なんだわ」

「相思相愛以心伝心」

「そうそれ! 相思相あ……って何言わせるんだ!?」

「自分で言ったんじゃん」

「そんな馬鹿な!」


 うるさい奴だ。

 テンションが上がっているからか、自分の発言が理解できていないらしい。

 そして時間差で暑い暑いとシャツをパタパタし始める。

 暑さを忘れるほど興奮していたのか、こいつは。

 可愛いな。


 だが瑠汰よ。

 お前の胸のサイズじゃ胸元に風を送るのは至難の業だ。


「なんかまた仲良くなってるね」

「そうか?」

「雰囲気がね~」


 ニヤニヤ笑う与田さんに、俺は少し気恥ずかしくなる。

 ここ最近色々あったからな。

 遊園地デートから、萌夏とのごたごたでも瑠汰には世話になった。

 家族の問題を共有したのと、俺が瑠汰に惚れ込んだ理由を打ち明けた事で、より強固な関係になったのは事実だ。


 だが逆に申し訳なくもある。

 面倒ごとに巻き込んだり、萌夏に真実を打ち明けた日にはかなり情けない姿を見せてしまった。

 瑠汰の優しさに甘え過ぎだ。


 なんて話しているうちに、次の授業である化学の先生が教室に入ってくる。

 残された時間はあまりない。

 そうだな。


「なぁ瑠汰」

「どうしたんだ?」

「今日の昼休み、一緒にご飯食べないか?」


 実に交際を始めて約二ヶ月。

 あり得ないことに初めてのお誘いだった。


 ドンッと俺の机に手を突き、身を乗り出してくる瑠汰。

 可愛い顔が至近距離に来て、心臓が一瞬止まった。


「いいの!?」

「……お、おう」

「……こほん。まぁ君が言うなら仕方ないな」

「はい」

「……。ってか、アタシも言わなきゃいけないことがあるんだよ」


 若干深刻そうな表情で告げる彼女。

 今度は本当に心臓が止まった。


「じゃあね!」


 言わなきゃいけないこと……?

 何やら事情がありそうだったし、言いにくい事なのだろうか。

 言いにくいけど言わなきゃならない話。

 え、え……?


「魂抜けてるよ」

「はぁい」

「なにその間延びした返事」


 俺、もしかしてフラれるのかな。

 原因と考えられることは結構あるし……。


 なんて悩んでいる俺にとどめの一撃が食らわされる。


「お、三咲君。連絡だよ」

「え?」


 珍しく話しかけてきた学級委員長の中野さん。

 彼女の手には一枚のメモ用紙が握られていた。

 それを俺に渡してくる。


「今日の昼休み、委員会だって。ご飯は図書室で食べて良いらしいから、忘れないようにね」

「あぁ……」


 涙がこぼれ落ちた。


「災難だね~」

「本当にな」


 冗談はさて置き、瑠汰には本当に申し訳ないな。

 自分から誘っておいて断るのは気が引ける。

 と、席を立って愛しの彼女に話をしようとするが、チャイムが鳴ってしまう。

 なんと間の悪い事かな。


「三咲君図書委員だっけ? ドンマイ」

「最悪だよ」

「佐倉先輩でしょ~? バレー部の友達で図書委員の子いるんだけど、彼氏とデート行くのにサボったら見張られてたんだって」

「……」


 弟の熱を言い訳に使っていた人か。

 その人バレー部だったんだ。

 まぁ正直、嘘に人の不幸ごとを使う人間は俺も嫌いだ。


「それも、彼氏と一緒に風邪で寝込んでる弟のために買い物行ってただけらしいの。部活もちゃんと休んでたし」

「なるほど」


 前言撤回。

 嘘じゃなかったらしい。

 それは少し、可哀想だな……。


「ま、三咲君も気をつけな? 瑠汰ちんとの時間も大切にしつつ、図書委員会にも出席。またこの前みたいにげっそりしちゃうかも?」

「洒落じゃねえんだよなぁ」


 あの先輩はどこかぶっ飛んでいるからな。

 またもやることだらけだ。

 しかも、それらに加えて不安定な妹との関係性の悩みもある。


 まぁせっかくの機会だ。

 今日こそは佐倉先輩からこの前の話の真意を聞きだしてやろう。

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