第113話 運動音痴

 それから一週間が過ぎた。

 異常なほどに図書委員会の会議は開催されず、佐倉先輩との接点もない。

 やはり三年生だから忙しいのか知らないが、もう時は十月中旬である。

 俺達の方も修学旅行という一大イベントがあるわけで、早めに会って話をつけたい。


 しかし、だからといって押しかけるのもなんだかなぁって感じだ。

 そもそもあの人からは危険な匂いがぷんぷんするし、近づきたくないという本音もある。

 どうしたものか。


 などと考えている水曜の三限終わりの休み時間in教室。


「はぁ~、あっついわぁ」

「そうだな」

「なんでそんなに冷めてるの三咲君。その冷たさ、いいね! 私の事も冷やしてくださ~い」

「そのハンディーの扇風機で十分だろ」

「ま、そうなんけど」


 三限は体育だった。

 この時期の体育というのは色々厄介だ。

 まず、外は寒いのに動き出すとすぐに暑くなるため、冬用を着るか夏用を着るかで一悩みする。

 女子なら日焼けを気にしたりもするだろうし、さらに選び難い。


 そして現在、衣替えが完了しているため夏服の着用が不可能。

 体育終わりの時間を長袖で過ごさなければいけないのは地獄だな。


「なんで三咲君は汗掻いてないの?」


 制汗剤の爽やかな匂いが風に乗ってやってくる。

 涼しい顔で四限の準備を進める俺に、与田さんは首を傾げてきた。

 だから答える。


「俺は運動嫌いだからな。サッカーだったけど、コートの端で棒立ちしてたんだ。汗など掻くわけがない」

「……なんでドヤ顔なの? 全然カッコ良くないけど」

「……」


 至極真っ当な返答に顔を引きつらせる。


「女子は体育館でバレーだったっけ?」

「そうだよ。やっぱバレー部だし? 張り切ろう的なのあるじゃん?」

「体育でガチりだす運動部はちょっと……」

「おいおい引くな三咲君。別に本気で暴れるわけじゃないし~」


 男子のサッカーもそうだ。

 一番マジになるのはバスケ部や野球部の自称運動得意集団。

 サッカー部自体は案外優しいもので、いわゆる陰キャな人にもパスをくれたりする。

 まぁその気遣いがさらなる悲劇を生むのだが。


「三咲君運動できないの? ウケる」

「嫌いなだけだ」

「得意なのに嫌いな事ある?」

「……」


 こいつはなんだ。

 俺をどうしたいんだ。

 ここで鼻水垂らしながら泣き喚いてやろうか? あぁん?


 と、そこでなるほどと手を打つ与田さん。


「そういえば萌夏も運動音痴だよね」

「……そうなんだ」

「あ、知らないか。やっぱ血は争えないんじゃない?」


 従兄妹という設定なため、あいつの事をどれくらい知っているという前提で生活すればいいのかわからない。

 とはいえ、勿論本当は知っている。

 萌夏は運動音痴だ。

 夏にばあちゃんの家に行った時だって、少しの段差に躓いて転んでいたし。


「って、俺は運動音痴じゃない」

「ふぅん。そこまで言うなら学期末のクラスマッチ、期待してるね?」

「……ははは。目にモノを見せてやるぜ」


 実際、本当に運動は苦手じゃない。

 こう見えて五十メートル走のタイムは六秒台中盤と学年トップクラス。

 しかしながら、空気に溶け込む陰キャのそんな好成績は知られていない。

 ただの足が速いだけのキモい奴と思われるだけだし、知られたくもない。


 だって考えてみろ。

 足が速くても嫌いな奴がカッコ良くは見えないだろ?

 たまに家でご対面するあいつだって、足が速い事でキモさに拍車をかけている。

 つまりはそういうことだ。


「そう言えば三咲君の大事な彼女は運動苦手みたいだね」

「……そうなの?」

「あれれ~? 興味ある~?」

「うぐッ!」

「何その腹パンされたみたいな声、ガチウケる」


 バレーであいつは何をやらかしたんだ。

 めちゃくちゃ気になる。

 そう言えば体育祭の時もたどたどしい足取りで走っていたし、運動は苦手そうだったな。


「あ、本人来たよ」

「お」

「鋭登! ……と与田てめぇ。覚えてろよ」

「あはは! そんなに怒んなくてもいいじゃん。可愛い」

「許すまじ許すまじ許すまじ!」


 何があったのか知らないが、ツインテールをプルプル揺らす瑠汰。

 その動きに合わせて制服のシャツの胸の部分も共鳴している。

 そしてそんな瑠汰を見て楽しそうに笑う与田さん。

 いつもの光景だ。


「アタシのとこにボール飛ばすな! 鼻が潰れただろうが!」

「瑠汰ちん、バレーは顔でボールを受けるスポーツじゃないよ?」

「あぁぁぁぁ! 鋭登の前で言うなぁぁぁぁぁっ!」


 瑠汰の悲鳴が響いた。

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