第111話 俺はサンドバッグ

「萌夏、大変な事になったかもしれない!」

「……ふぅん」


 夕飯を食べ、風呂や一通りの日課を済ませた後に、部屋で休んでいた萌夏を訪ねた。

 彼女は俺の言葉に、顔をひきつらせる。


「あのさ、あんまり言いたくないんだけど」

「あぁ」

「私、確かにあんたの事勘違いしたまま言いたい放題言ったの後悔してる」

「おう」

「それに、あんたの事は好きだし」

「……どうしたんだよいきなり」

「でも、急に部屋に入られるのは普通に嫌。不快」

「……」


 急にデレてきてどうしたのかと思った。

 ついに自然な妹の『好き』を引き出すことができて、お兄ちゃん感激っ! とか思っていた。

 だがしかし、ふたを開けてみればいつも通りの妹である。

 俺は表情を失った。

 フラットな状態に戻された。


「なんかごめん。でも無理なモノは無理。あんたも嫌でしょ?」

「嫌だな。すまん。配慮が欠けてた」

「わかればいいんだよ」


 お互いに真顔で頷き合う。

 ベッドに座って俺を見つめる萌夏。

 俺はしばらく考えて、彼女の正面の壁にもたれるように地べたに座った。


「……私は何も言ってないから」

「知ってる。俺の独断だ」

「で、大変な事って何?」


 早速本題を突いてくる妹に、俺も話を始める。


「なんか俺達の関係漏れてるかもしれない」

「え? 嘘でしょ?」

「ガチだ。図書委員の先輩に意味深な事言われたんだよ」


 そこで本日あったことを話す。

 図書委員で鳩山さんと会ったことや、図書委員の佐倉先輩という口の悪い女子の話から始めて、彼女の放った『嘘つきは意外と好きですから』発言に至るまで。

 一部始終を聞き終えた萌夏は、頭を抱えた。


「佐倉雛実さん。知ってるよ、有名だし」

「そうなのか? 鳩山さん知らなそうだったけど」

「亜里香は人の顔とか名前覚えられないから」

「なるほど」

「今サイテーな納得したでしょ? 本人に言おっかな」

「無理だろ。従兄妹がそんなに会話してたら不自然だし。それに昨日の今日だから夜に会話したのバレるし」

「珍しく頭回ってるね」

「おい。どういう意味だ」

「あ……ごめん。深い意味はないよ」


 相変わらず呼吸をするように嫌味を言ってくる妹。

 最早染み付いてしまっているのか、こればかりは治らない。

 毎度言った後に本人がフォローを入れてくる。

 気持ち悪い。


「あのな、その棘のある態度は変えなくていいぞ」

「え? そんなのダメだよ」

「俺が良いって言ってんだよ。人格形成期にあんなことがあって、もう三年も経ってるんだ。そうそう態度なんて変わらねえよ」

「……本当に良いの?」

「あぁ。俺も言いたい放題言ってたし、お互い様だろ」

「……でも私は」

「鬱陶しいな。俺が良いって言ってんだからいいんだよ。今まで通り俺の事はサンドバッグみたいに思ってくれて構わない。それにもうお前が俺のことをどう思ってるかはわかってるしな」

「昔からサンドバッグだなんて思ってないし! ってか、マジで何言ってんのあんた」


 吹き出す萌夏に、俺もつられて笑う。


「なんか変なの。でも昔もこんな感じだったっけ」

「そうだぞ。案外喧嘩ばっかりしてたからな」

「あんたが私の事いじめてたんじゃん。小学校低学年の頃に下校の途中で、あんたが毎日私を置いて帰ってたの忘れてないから」

「俺だってその……アレな検索履歴を学校中にバラされたの忘れてねえから」

「別に拡散したかったわけじゃないし! ただ友達に、ゲーム機でえっちな検索するのが普通なのか聞きたかっただけだもん」

「知らねえよ。より悪質じゃねえか」


 スマホやPCを与えられない小学生にとって、ゲーム機のブラウザ機能は唯一の救済措置だった。

 男友達同士で情報共有してフィルターのかかっていないサイトを探すのが生きる楽しみだったのだ。

 それを奪ったうちの妹。

 許されざる罪である。


 あの後は災難だった。

 俺を筆頭に、そういう遊びをしていた連中が晒されて女子軍団に罵声を浴びせられた。

 若干名、当時から美少女だった萌夏から嫌悪の表情を向けられ、悦んでいた奴もいたが。

 幼馴染の健吾とかもちょっと嬉しそうだった。


「で、そんなことはどうでもいいんだよ」

「そうだね。佐倉先輩か……。どこで知ったんだろ。何を知ってるんだろ」


 萌夏は再び頭を抱えた。

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