第110話 棘が鋭い先輩

 ため息を吐きながら偉そうに俺達の目の前の席につく女子生徒。

 佐倉と名乗ったその人に、俺は恐る恐る聞く。


「あの、他の委員たちは……?」

「いません」

「は?」

「うふふ」


 俺の問いに佐倉さんはまたも邪悪な笑みを浮かべた。

 与田さんの含み笑いと似た恐怖を覚える表情だが、この人のは本当に怖い。

 先程の合宿宣言もある。

 何を言いだすか分かったもんじゃない。


「今日委員会があると連絡しました。すると放課後にあなた達以外全員から欠席報告を貰ったのです。部活があるという方、用事があるという方、弟が熱でうなされているから早く帰りたいという方……」

「あーね。じゃあ今日だけ三人って事です?」

「違いますよ」


 鳩山さんのほっとした空気感をぶち壊す即答。

 まるで(^_^)という顔文字をつけてそうなニュアンスで佐倉さんは続けた。


「部活生は恐らく今後も似た理由をつけて欠席されるでしょうから除名させていただきました。用事があるという方も普段からお忙しいのでしょうから除名させていただきました。最後の弟の看病を理由にされた方は……うふふ。真相を確かめるために放課後彼女のクラスを訪ねたのですが、聞く話によると彼氏とデートに行ったとかなんとか。彼氏というのは弟なのでしょうか。家庭環境が複雑そうなので彼女にも今後来てもらうつもりはありません。……というわけで、今後も図書委員は三人体制でやっていきます」

「「……」」


 ところどころ笑い声を交えて、さも楽しく話しているようにも聞こえるが。

 佐倉さんの右目の瞼がぴくぴくと痙攣しているのを見ていると、俺は笑えなかった。


 ヤバい。

 まさか遅刻の理由は女子の欠席理由を確かめるために探っていたから?

 流石に執念が過ぎるぞこの人。


 と、そんなドン引きの俺に佐倉さんは言う。


「改めて自己紹介しますね。三年の佐倉雛実さくらひなみです。三年連続図書委員長を務めさせていただいております」

「……三年生?」


 この学校の行事は基本的に二年が仕切る。

 大抵の学校がそうだと思うが、三年は受験に専念してくださいってのがセオリーだ。

 しかもうちは県内断トツの進学校。

 進学実績のためなら修学旅行での娯楽も潰してしまうような腐った学び舎だ。

 どういうことだろうか。


「あぁ失礼しました。私は図書委員が好きでして、わがままを言って唯一委員会に所属させていただいているのです。あ、それに受験はほぼ済んでおりますので」

「早ッ!?」

「うふふ。ありがとうございます、最難関私立大の指定校推薦枠を獲得していますので。ですがこの程度は普通です。我が光南高校に通っていながら今頃になってせっせと追い込み勉強をなさっている方は見るに堪えませんね。もっと初めから真面目に取り組んでいれば、今頃推薦枠を獲得できてましたのに。最難関国立大志望ならわかりますが、地方ブロック大や私立大如きで……っとすみません。口が滑りました」

「……」


 凄い、カッコいいと思ったのもつかの間。

 口も悪いしなんなんだこの人。

 なんて思っていると、鳩山さんが挙手をする。


「えっとあなたは……」

「鳩山です。あの、なんで先輩なのに敬語なんですか? あたしたち二年だからタメ口で良いのに。ね? 三咲君」

「あ、はい。そうですよ。全然気にしないでください」


 俺からもそういうが、佐倉さん改め佐倉先輩は苦笑を漏らした。


「すみません癖なんです。でも敬語はやめません。なぜなら私、すごく口が悪いし思ったこと全部言いますので……おそらく傷つけてしまいます。立ち直れないほどに」


 やっぱダメだこの人。

 鳩山さんはなるほどーとか言って笑っているが、俺は頬が引きつる。

 初対面だがこの先輩とは仲良くなれる気がしない。


 と、佐倉先輩は真面目な顔に戻って言う。


「今日の会議内容は来月行われる読書イベントについてなのですが……」


 そこからは淡々とした事務連絡。

 流石既に受験が終わっているというだけあって、頭が良いのか話が分かりやすい。

 そしてスムーズな進行だ。


「……なんか思ったより普通の人だね。あたし、初めにあんな事言われたから嫌われてるのかと思った」

「……そうだな」


 小声で鳩山さんと会話をする。

 第一声が”イチャイチャするな、不愉快です”だったからな。


 すると声が聞こえたのか、佐倉先輩は長い黒髪を耳にかけて俺を見た。


「私はリア充は嫌いです。でも……」


 その直後、先輩が放った言葉に悪寒が走った。


 曰く、『嘘つきは意外と好きですから』――。


 佐倉先輩は、何を知っているのだろうか。

 明らかに意味を含んだ言葉だった。

 俺が学校で隠している嘘はただ一つ、実の双子の妹との関係だけだ。

 それを、知っているというのか……?


「話を続けますね」


 その後も淡々と説明をする佐倉先輩だったが、俺は全く集中できなくなった。

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