第107話 ……ちょっと複雑なんだわ

 現在高二の十月。

 高校に入学してから一年半の年月が経過し、既に高校生活の半分を消費している。

 そして今まで、ずっと隠してきた俺達双子の関係性。

 この問題の解決は容易くはない。


 萌夏は言った。


「鋭登の事をみんなに隠したままで、元通りなんて無理だよ」

「それはそうだけど、だからってどうするんだ」

「……」


 今更関係性を打ち明けるのは色んな意味で障害が起こる。


「お前、ずっと言ってたじゃないか。俺との関係性がバレたら人生終わるって。積み重ねてきたものが壊れるって」

「それは……」

「事実、どんな背景があったにしろ、俺はお前の高校生活にとって邪魔者だ」

「……」


 萌夏の俺への嫌味は、ほとんど事実だ。

 実際、俺と萌夏の立場が逆転していたとして、俺もこいつを煩わしく思っただろう。

 大切か否か、というのはこの際関係ない。

 例え好きでも、やはり社会に出て他人の存在を考えると話は変わってくる。


 正直、萌夏は悪くない。

 言い過ぎな点はあったにしろ、妹のイメージを落とすような振る舞いをする俺の方に負い目がある。


 迷いを見せる萌夏に、俺は笑いかけた。


「気にするな。あと一年半、どうにかなるさ」

「……でも私、こんなの嫌。鋭登の存在をないままにするなんて、自分が許せない」


 どうしてもあんな話をした後では自分を責めてしまう萌夏。

 しかし、論点は俺の校内ヒエラルキーだけではない。


「仮に双子だってバラして、その後の事を考えてみろよ。中学の頃のデジャブになる可能性だってある」

「それは……確かに嫌だね」

「俺はお前と比べられてまた傷ついて、それを目の当たりにしてお前も傷ついて。お前が言ってた通り、俺達が双子だなんて言っても信じてもらえるかってレベルだし、このまま隠し通してもいいんじゃないか? ほら、幸い個体差がこんなにあるんだから」


 自分の顔を指して笑う俺。

 と、萌夏はそんな俺を睨みつけた。


「個体差とかないでしょ」

「何言ってんだ。完璧美少女とキモい不細工陰キャだぞ」

「……別に不細工じゃないし」

「それに関しては萌夏ちゃん全肯定マシーンになるわ、アタシも」

「え?」


 不意に参戦してきた瑠汰に俺は目を丸くする。

 と、二人は顔を見合わせてため息を吐いた。


「不細工じゃないよ。スタイル良いし。ね?」

「そうだぞ。君って顔小っちゃいし足長いし、顔も普通に整ってるし」

「え? え?」

「ただそれを打ち消す負のオーラ、自信の無さ、不自然なまでの卑屈さ」

「……」


 俺のスタイルが良い、だと? 顔が整ってるだと?

 何を言っているんだこの馬鹿JK達は。


「まぁその自信の無さは過去の色々とか、私のせいなんだろうけど。本当にごめん」

「いや、その話はもういい。ってか、本気で言ってんのか?」

「瑠汰はともかく、自分の妹の口の悪さは知ってるでしょ? 嘘ついて兄を褒めたりなんかしない」

「確かに……いやでも、話の流れもあるし」

「関係ないって。ってか私が言うのもアレだけど、私と双子なのに不細工なわけないじゃん」

「萌夏ちゃん、凄い自信……」

「ちょっと!」


 慌てる妹にジト目を向ける瑠汰。

 と、そんな様子を見ながら俺は首を傾げた。


「じゃあなんでお前、誰も信じないって思うんだ?」


 スペックにそこまでの差がないと感じるのなら、学校でのあの発言はおかしい。

 萌夏は俺の問いに苦笑した。


「私はただ容姿だけで売ってるわけじゃない。裏表のない優しい女の子としてみんなに見られてるの。そんな子が、実は自分の兄の事を馬鹿にして存在を無い者にしてたなんて知ったら、どう思う?」

「……性格悪いんだなって思う」

「でしょ? だから、私がそんな最低な事をしてただなんて、みんな簡単に信じないと思う」

「なるほどな」


 色んなキャラ付けがここに来て厄介な事情を招いていたのか。

 しかし瑠汰は、自虐的な顔をする萌夏に複雑な顔を向けていた。


「どうしたんだ瑠汰?」

「……なんでもないし。やっぱり萌夏ちゃんは嘘つきなんだなって思っただけなんだわ」

「「え?」」


 俺と萌夏の声が重なる。

 しかし瑠汰は「気付いてないならいい」と言って説明してくれなかった。


 俺は妹に向き直って聞いた。


「結局どうするんだ? 俺は……隠したままでもいいと思うけど」

「うん……もうちょっと考えてみる」

「それがいい」


 二人とも涙も止まり、冷静になってきたとは言え、やはり今は正常な判断ができる状態ではないだろう。

 デスクに置いてあるゲーマーチックなデジタル時計を見ると、時刻は八時を過ぎていた。


「とりあえず二人が、本当はお互いの事を気にかけてただけだって気付けてよかったな!」

「あぁ……瑠汰もありがとうな」

「アタシは彼女として当然の事をしただけなんだわ! ってかほら、仲直りのハグでもしなよ」

「「はっ!?」」


 急にふざけた事を言い出す生意気な碧眼巨乳に声を上げる双子。

 萌夏は瑠汰に詰め寄った。


「な、何言ってんのあんた!?」

「家族ならそのくらいするだろ。なぁ鋭登っ?」

「……」


 思い返すのは小学校低学年の頃の記憶。

 確かに喧嘩をした後など、仲直りとして親にハグさせられていたような気がする。

 同じ記憶を呼び起こしたのか、萌夏は俺を見てフリーズしていた。


 くそ……。俺はお兄ちゃんだ。

 場はしっかりまとめなければ。そもそも俺が招いた騒動だし。


 立ち上がり、両手を広げて妹を待つ。


「こい」

「……上から目線でイラつくんだけど」

「ほら、鋭登待ってるだろ? 焦らしプレイは良いって萌夏ちゃ〜ん」

「……瑠汰、あんた覚えてなよ」


 憎らしそうに横目で瑠汰を見る妹。

 俺の彼女はそれはもう悪い笑みを浮かべていた。

 やっぱり生意気だこいつ。


 と、申し訳程度に俺の制服の裾をつまむ萌夏。

 全然顔を見てくれないし、微妙な距離感があるため逆に気恥ずかしい。

 ええい!


「あ」

「ごめんな。本当に」

「いや、私こそ。……本当にごめんなさい」


 もういつ最後にハグしたかなんて覚えていない。

 だけど匂いと体温は懐かしさを感じる。

 ようやく、妹が帰ってきた気がした。

 家族に戻れた気がした。


 なんて抱き着き合ってると。


「……ちょっと複雑なんだわ。いいなぁ」

「お前が言い出したんだろうが。後でハグしてやるから」

「ほんとに!? やったー! ……って違うわ!」


 いつも通り意味の分からない事を言う瑠汰に、俺達は笑った。



 ◇



 帰り道、俺は一人で歩く。

 萌夏は隣にいない。

 一応仲直りはしたが、心が整理しきれないと言うので、今日は瑠汰の家に泊めてもらうことになった。

 少し距離を置きたいのだろう。

 俺もちょっと同感だから、ありがたくもある。


 それにしても、ついに言ってしまった。

 これでよかったのかはイマイチわからないが、とりあえずにお互いの誤解は解消できてよかったと思いたい。


「あとは双子であることを公表するかって話だな」


 なかなかヘビーな問題に顔が引きつる。

 こればかりは、萌夏の下す決断がキーになるだろう。


 どちらにせよ、また双子の仲が狂う事だけは避けられるように、最大限努力しようと思った。

 少しでもあいつの隣に並べる人間にならなくては。

 そのためにはやはり。


「脱陰キャだな……待ってろよ萌夏」


 俺はすっかり暗くなった夜空に向かって呟いた。






 ◇


【あとがき】


 まずはじめに、ここまで読んでくだった皆様に感謝を。

 ありがとうございます!

 一応今回の第107話をもって第2章は幕引きと致します。

 勿論ここで連載終了はせず、第3章の連載を開始します!


 と、今まで77日間毎日投稿を続けましたが、次章からは週4更新でやっていきます。

 具体的に月・水・金・日(次の更新日は5/20金です)となる予定です。

 宜しくお願いします。


 そこで報告なのですが、本日から新連載を開始いたしました。

 こちらはしばらく毎日更新しようと思っているので、よかったら是非読んでみてください。

 下のURLからお読みいただけます。


 ↓

『隣の部屋の甘えたがりな犬系先輩彼女を堕としていくイチャイチャ半同棲生活 』https://kakuyomu.jp/works/16816927863316080017

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