第104話 隠していた話

 公園のベンチに座ったまま、俺は萌夏に電話をかける。

 一瞬で繋がった。


「もしもし」

『……どうしたの?』


 普段俺達は通話なんてしない。

 用はあるときはメッセージのやり取りだけだし、話がしたいなら家でお互いに声をかける。

 だから、急に慣れない行動に出た俺に萌夏は困惑したような声を漏らした。


「今どこにいる?」

『どこって、家に決まってるじゃん。何時だと思ってんの』


 言われて時間を見ると、七時になろうとしていた。


「萌夏、今から家出れるか?」

『は?』

「話があるんだ」

『……』


 何の話かなんて聞くまでもないだろう。

 萌夏はしばらく黙った後に言った。


『ご飯は?』

「お母さん用意してる?」

『当たり前じゃん……。まぁいいや。私から言っておく。後で食べるって』

「ありがとう」

『で、私はどこに行けばいいわけ?』

「……瑠汰の家に来れるか?」

『……なるほどね』


 俺がなかなか帰らない事に萌夏も色々考えていたのだろう。

 瑠汰の名前を出すと妹が納得したのがわかった。


『じゃ、今から家出る』

「あぁ」

『話してくれるんだよね?』

「勿論。楽しい話じゃないけどな」

『覚悟はしてるから』


 そこで通話は途絶える。

 俺は隣に座る彼女と視線を交換し、頷き合う。


「じゃあ行こっか」

「あぁ」



 ◇



 瑠汰の家で二人で待っていると、すぐに待ち人はやってきた。

 二人で出迎えると、狙っているのか偶然か、制服のままの姿でやってきた萌夏が現れる。

 彼女は緊張してガチガチの瑠汰を見て笑った。


「なに、二人して。随分と賑やかな出迎えだね」


 適当に会話をしながら部屋に入る。

 三人でこの家のリビングに集まるのはあの日以来だろう。

 体育祭終わりの打ち上げ会ぶりだ。


 萌夏は女の子座りで腰を下ろすと、俺を見る。


「話っていうのは、三年前の事で良いんだよね?」

「うん」

「聞かせて」


 目を閉じてそう呟く萌夏。

 彼女の態度はくだらない前置きなどはいらないと物語っていた。

 俺とてそのつもりだ。

 茶化すつもりなど毛頭ない。

 ありのままの事実を伝えることが今日の目的だから。


「まず萌夏が知りたいのは、俺が奈菜に対して行った最低な振り方が事実かどうかって話だよな」

「そうだね」

「じゃあそのことから話すが、それは事実だ。当時瑠汰と付き合っていた俺は調子に乗っていた。だから、告白してきた奈菜に対してかなり酷い対応をしてしまった」

「そうなんだ」

「ただ、俺はその後の話をしていない」


 萌夏はゆっくりと目を開く。

 そして俺の目をじっと見た。


「その後?」

「奈菜は俺の振られたことで傷ついたんだ。そしてその後に俺に対して言ったんだよ『……調子に乗らないで。萌夏の兄って事くらいしか価値ないくせに』ってな」

「ッ!? ……なにそれ?」

「当時十四年間の人生をすべて否定されたような気になってしまって、俺はめちゃくちゃ傷ついた。そしてその次の日の放課後、奈菜は廊下で俺に謝りに来た。あいつはあいつなりに自分の発言を後悔していたらしくてな。でも心の狭い俺は許容なんてできなかった」

「だから、ふざけんなって……?」

「そうだ」

「……」


 俺の言葉に、目を見開いて固まる萌夏。

 じわりと、その瞳に涙が浮かぶ。


「隠してて、ごめん。話はそれだけだ」

「……なにそれ。聞いてないんだけど」

「……言ってなかったからな。ごめん」

「……なんで黙ってたの?」

「……」


 黙っていた理由は、妹が傷つくのを恐れたから。

 実の兄が自分と比べられて尊厳を傷つけられているなんて知って、平気な家族なんていない。


 ただ、それをここで言うのは卑怯な気がした。

 だって理由はそれだけじゃないから。


「……言ってよ! 言ってくれたら、よかったのに。なんでよ……」

「ごめん」

「意味わかんない! なんのごめんなの!?」


 ぽたぽたと涙をこぼしながら叫ぶ妹。

 俺はその顔を見る勇気が湧かない。

 だからそのまま俯いた。


「そんなの……! ぐすっ……」


 しばらく、萌夏は声を上げて泣いた。

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