第103話 拒絶の理由・自己暗示

 俺のため、そして萌夏のためにならない。

 過去とは決着をつけるべきだ。


「帰らなくて大丈夫なのか?」

「逆に聞くけど、今帰ったら困るだろ?」

「……」


 優しく笑いながら聞いてくる瑠汰。

 その顔を見ていると安心する。

 本当に情けないな、今の俺は。


「ありがとう」

「いいんだよ! アタシはいつだって君のそばに居たいくらいだから!」

「……お、おう」

「あ……。うん」


 シリアスムードでふざけたツンデレを発動する気にもならないようだ。

 隣の彼女は恥ずかしそうに苦笑した。

 ツインテールがゆらゆら揺れていて可愛い。


「言ったらどうなるかな」

「どうだろう。萌夏ちゃんって君の事大好きだし、絶対ショック受けるだろうけど」

「あいつが俺の事を好き? 正気で言ってんのかよ」

「家族って関係を抜きにしても仲良いと思うが?」


 何言ってんだこいつ。


「仲良いなら高校で関係隠したりしないだろ。いつも陰キャとかぼっちとか悪口言われてるのに」

「違うと思うな」


 俺の言葉に瑠汰は首を振る。


「好きだからこそ、隠したいというか」

「……はぁ? どういう意味だよ」

「それはよくわからないけど、言語化は難しいって言うか」

「……」

「でも萌夏ちゃんは鋭登の事好きだよ。ってか話聞く限り、昔はよく一緒に居たんだろ?」

「あいつがついて来てたからな」

「ほら、大好きじゃん」


 前にばあちゃんの家に行った時も思ったが、小学校の頃くらいは力関係が逆だったような気がする。

 いつも俺の後ろをついてくる人見知りって感じの印象だった。

 だから幼馴染の健吾とも三人で遊んでいたんだ。


「仮にあいつが俺の事を好きだったとして、なんで今は俺を避けるんだ?」

「それは……君が一番わかってるんじゃないのか?」

「……」

「アタシは今聞いただけだから正解は知らないけど、君は分かってるんだろ?」


 萌夏が俺を避ける理由。

 その根本は陰キャな俺に対する嫌悪感ではない可能性がある。

 あの日、俺が放った言葉が彼女の心を深く傷つけたことが原因であるのかもしれない。


『お前に俺の気持ちの何が分かるんだよ』


 中二の冬、俺は初めて萌夏を拒絶してしまった。

 実際萌夏を泣かせてしまったし、あれ以降あいつの俺に対する態度は変わった。


 内心わかっていたのだろう。

 ただ、時が過ぎるうちに”自分のせいじゃない”という思いが増してしまったのだ。

 俺は被害者だと、そう思い込んでいた。

 特に高校に入ってからは萌夏が俺に対してよく嫌味を言ってくるようになったし、それにかこつけて問題の原因を挿げ替えていた。


「俺、最低だ……」


 項垂れて呟く。

 傷つけたのは俺なのに、いつの間にか被害者ぶって。

 本当にゴミクズだ。


 と、そんな俺の手を取る瑠汰。


「仕方なかったんだよ」

「……」

「萌夏ちゃんも言い過ぎだし、君も嘘と本音でぐちゃぐちゃになってた。正常な判断なんてできないって」

「そういう問題か?」

「……少なくとも萌夏ちゃんは君を責めないと思う」

「……」


 何もわからない。

 俺は萌夏の事を何も知らない。

 怖い。


 だがしかし、今自分の発言が原因で萌夏を深く傷つけてしまったことを考えて。

 居てもたってもいられなくなった。


 これ以上嘘をついて萌夏を傷つけたくない。

 このまま隠し続けると、さらに心の距離が開く。

 あいつは今もきっと自分が俺に拒絶されていると感じているのだろう。

 そんなのは……ダメだ。


「俺、言うよ」

「……良いと思うぞ」

「今日は本当にありがとう」

「……もういいのか?」


 瑠汰は心配そうに聞いてくる。


「どこで話す気なんだ? 家?」

「それ以外どこがあるんだよ」

「やめた方が良いと思う」

「え?」

「仮に話が上手く収束しなかった場合、萌夏ちゃんに逃げ場がないだろ? そんなの酷過ぎるんだわ」

「確かに。でも俺達は家族だし、結局帰る場所に俺がいる」

「だから、アタシの家で話せよ」

「……え?」


 俺は目を丸くした。

 瑠汰は真面目な顔で続ける。


「話を知ってる人が間にいた方がフェアだろ。それに、アタシは君と萌夏ちゃんの両方の性格を知ってるけど、どっちも捻くれてるから拗れる気しかしない」

「それは……」


 随分と辛口評価だが、その通りなのが苦笑すらできない。


「だから、今からうちに呼ぼう。邪魔はしないから」

「……本当にありがとう」

「当然だろ? 大好きな彼氏と大好きな友達がこんなすれ違いしてるなんて、アタシだって嫌だし」


 俺はそんな瑠汰の言葉に頷く。

 嬉しかった。


 そりゃ仲良い奴らがいがみ合ってたら嫌だよな。

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