第102話 相談

 瑠汰との下校。

 彼女が転校してきて二か月間の恒例となっているため、もはや新鮮味はない。

 だが今日はものすごく緊張する。

 きっと互いに言葉を交わすこともなく歩いているからだろう。


「なぁ、どうしたんだよ」

「……ちょっと色々あってな」

「色々って言われてもわかんないんだが」

「あぁ」

「はぁ……」


 曖昧な返事をする俺に、瑠汰はデカいため息を吐く。


「君さぁ、わかってる? 話す気がないなら最初からこっちが気になるような言い方するなよ」

「ごもっともで」

「今の君は『俺の話聞いてほしいなぁ』っていうオーラが滲み出てるぞ?」


 心配そうな顔で見つめてくる瑠汰からつい目を背けてしまった。

 図星だったからだ。


「何があったか知らないけど、アタシでよかったら相談に乗るから」

「ありがとう」


 俺は隣を歩く瑠汰の顔をじっと見つめる。

 あほっぽい言動をあまり感じさせない整った顔立ちに青い瞳が魅力的な、よく見慣れた大好きな顔だ。

 しばらく見ていると頬を染めながら目を逸らすのも可愛い。

 いつも通りだ。


「長い話だけど大丈夫か?」

「一人暮らしだし、門限なんてないから大丈夫だぞ」

「じゃあちょっとそこの公園で話そう」

「……別にいいけど」


 俺は丁度差し掛かった公園に瑠汰を連れて入る。

 公園と言ってもブランコと砂場くらいしかないちんけな空き地だ。

 そこのベンチに並んで座る。


「で、何を揉めてるんだ?」

「揉めてるってわけでもないけどな。何から話したもんか……」


 萌夏と俺とのいざこざ。

 もう三年も前の出来事がきっかけなため、話すのも一苦労だ。


「まずは、中二の修学旅行の話からするか――」


 だが、一度口が開いてしまえば俺は止まらなかった。

 今まで溜め込んでいたものが爆発してしまった。



「と、いう話なんだが」

「……」


 どのくらいの時間が経っただろうか。

 既に日は落ちかけ、暗くなり始めている。


 瑠汰は相槌も最低限に俺の話を聞いてくれた。


「なんかあるとは思ってたけど、納得だな」

「そうか……」


 今の話に瑠汰がどういう感情を抱いたのか、俺はドキドキしていた。

 なんたって三年間自分の胸の内だけで封印していた話だ。

 初めて人に自分がどういう考えで生きているのかという話をして、緊張しないわけがない。


 それに、若干の罪悪感もある。

 萌夏より先に瑠汰に話すという行為が、萌夏に対して不誠実に感じたからだ。

 これに対する言い訳はない。

 ただ俺の心が弱いだけだ。

 悩んで揺れているときに優しく手を差し伸べてくれた彼女に縋ってしまった、俺が弱い。


「色々分かったよ。君がこんなに卑屈なのも、学校で頑なに関係を隠そうとしてたのも」

「まぁ卑屈なのは現実を思い知っただけだというかなんというか……」

「何言ってんだよ。君の価値が『萌夏ちゃんの双子の兄であることだけ』なわけないだろ。それに萌夏ちゃんと同じくらい君にだっていいところはある。アタシが知ってるから」

「……ありがとう」


 なんだか泣きそうだった。

 瑠汰が俺の事を認めてくれているのはわかっていたが、こうして俺の過去を知った上でも態度が変わらないのは、救いだった。


「でもな」


 瑠汰は一言置いてから話を続ける。


「アタシは萌夏ちゃんに本当の事を伝えるべきだと思うぞ」

「でも、それだと傷つけることにならないか?」

「嘘をつき続けても傷つけるぞ。それに、どうせいつかはバレるだろうし。こういうのって隠された年数の分だけダメージも増えるもんだろ」

「それは、そうだけど」

「まぁ悩むのはわかるよ。正直アタシだって勝手なことは言えない。こんなヘビーな話、先に聞いちゃってドキドキしてる」

「あぁ」

「だから君がどんな選択をしようが止めないし、仮に隠し通すことを選ぶならアタシも協力はする。……まぁアタシの演技力なんて今日の放課後の事を考えたら絶望しかないと思うけど」


 核心を突かれ、口をパクパクさせるあほな顔を思い出した。


「アタシは萌夏ちゃんに話すべきだと思う。このままだと、君のためにならないし、萌夏ちゃんのためにもならない」


 その通りだ。

 瑠汰の言う事は正論。

 俺も同じことを考えている。


 ベンチに座ったまま俺は頭を抱えた。

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