第101話 浮気現場はっけ~ん!

 教室に帰ると、話し合いは終わっていた。

 皆帰り支度を済ませ、家に帰ったり部活に行ったりしようとしていた。


 自分の席に着くと、与田さんが話しかけてくる。


「マジごめんね?」

「気にすんな。そういえば瑠汰は?」


 周りを見渡すが、ツインテールの姿が見えない。


「知らない。私が帰ってきた時にはもういなかった」

「あー、トイレじゃね? お前らが出て行った後に瑠汰ちゃんも教室抜けたから」


 教えてくれた渡辺君の言葉に、俺は頷く。

 なるほど。

 このフロアにはトイレが二か所あるし、俺は先ほど遠い方のトイレに向かった。

 瑠汰と鉢合わせなくても当然だ。


「……じゃあ、連絡だけ入れておくか」


 与田さんと渡辺君がそのまま話し出す中、俺はボソッと呟く。

 そのまま荷物をまとめて、一人で教室を出た。



 ◇



「早かったね」

「待たせて悪いな」

「大丈夫だよ」


 素なのか猫をかぶっているのか若干判断しかねる口調の妹。


 学校の門の前で彼女は俺を待っていた。

 非の打ち所がない横顔は、実の妹とは思えないほど綺麗だ。

 こいつ、知らないうちに成長してたんだな。


「じろじろ見てどうしたの?」

「いや、なんでもない」

「あっそ。で、愛しの彼女ちゃんには連絡したのかな?」

「勿論。今頃寂しさで泣いてるかも」

「あはは。仲良しだね」


 普通の会話だ。

 光南高校一の美少女である三咲萌夏との会話。

 だけど、こうして近親者として人目を気にせず会話するのは初めてかもしれない。


 と、二人で軽く話しているだけでも注目される。

 放課後になってかなり時間が経つため、通りの人数は多くないが、それでも通行人の多くは俺達を眺めていた。


「やっぱり面倒だね」

「それだけお前が愛されてる証拠だ。いいのか? 俺と付き合ってると思われるぞ」

「……」

「……なんかごめん」

「普段ならぼこぼこにしてた」

「……おう」


 今日の萌夏は随分と優しい。


 二人でゆっくりと歩き始める。


「クラスの人に聞かれちゃったから、話しちゃった」

「うちのクラスはまだ誰も知らなかったけど……」

「明日には広まってるよ」

「あぁ」


 高校生の情報網を侮ってはいけない。

 一人に聞かれたら、全校にバレたと言っても過言ではない世界だ。


「これからどうするんだ?」

「それはまた作戦会議しなきゃ。瑠汰も混ぜてね」

「……唯一あいつだけは知ってるからな」

「本当の事知ってるのが瑠汰だけでよかったよ。じゃないと絶対全校に広まってた」

「今俺の彼女の事馬鹿にした?」

「ううん。私は瑠汰が他人の秘密をバラさない良い子だって言ったつもり。鋭登は今の発言の何をどう受け取ったのかな?」

「……」


 小悪魔ちっくな笑みを向けてくる萌夏に、俺は顔を顰める。

 なんだよ。俺の性格が悪いみたいじゃないか。

 いつもはぼっちだのコミュ障だの陰キャだの言っているくせに。


「とまぁ、余談はいいんだよ。どーでもいいの」

「……」

「私、やっぱり一昨日の事気になる」

「……一昨日? あぁ、デートの内容か?」

「それは聞きたくない」

「……」


 話を逸らそうとして見たが、真顔で咎められた。


「どうしても言えないの?」

「……わからない」

「なにそれ。こっちが意味わかんないんだけど」

「そうだよな」

「迷ってるなら教えてよ。私は気になるの。あの一件で鋭登はみんなから責められて嫌な思いして、私だっていっぱい嫌な対応しちゃったじゃん。それが誤解だったなんてわかったら、私……」


 尻すぼみに声のトーンが落ちていく萌夏に、俺も複雑な気持ちになる。

 俺が真相を明らかにすれば萌夏のもやもやは解消されるだろうが、だがしかし、絶対に傷つくだろう。

 世界には知らなくていい事、知らない方が良い事、というのもある。

 この件はそれに当てはまると思っていた。


 なんて悩んでいると。


「浮気現場はっけ~ん!」


 後ろから声が聞こえた。

 咄嗟に振り替えると、安心感を覚える顔が。

 先程連絡を入れたはずの瑠汰が立っていた。


「なんでいるんだ?」

「え、君が教室に居なかったから急いで追いかけてきたんだが」

「スマホ見てないのか?」

「え? ……あ」


 言われてすぐスマホを開き、俺からのメッセージを確認した。

 そして居心地悪そうな顔を向ける。


「ご、ごめん。お呼びじゃなかったな……」

「あははっ! はいはい、返しますから」

「萌夏ちゃん!?」

「彼女の元にこの男は返却します」


 そう言って萌夏は俺を見る。


「夜、話してくれる?」

「……」

「まぁゆっくり考えてよ。少なくとも私は覚悟してるから」

「……おう」


 覚悟か。

 それは一体どの程度の事実を想定しての話なのだろうか。

 もはやわからないな。


 手を振りながら一人帰っていく萌夏の背中を見る。


「……邪魔してごめん」

「いや、助かった。来てくれてありがとう」

「え? あ、いやぁ。えへへ……ってか、ガチな雰囲気出てるけど、なんの話してたんだ?」

「……」


 瑠汰の純粋な瞳に、やけに後ろめたさを感じた。

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