第100話 積み重ねる嘘
与田さんの質問に萌夏は俯いた。
「あのね……黙ってたことがあるの」
「ほうほう?」
「実は私と鋭登君、従兄妹なんだ」
萌夏の言葉に、俺はなるほどと思う。
俺達が双子だとバレたくないのは、ざっくり言うと周りに近い関係性だと見られたくないから。
しかし従兄妹なら、あまり関係性が親しくなくてもおかしくはない。
「でも初対面だって言ってたじゃん」
「そうなの! うち、親戚同士あんまり仲良くなくってね。あの日まで三咲鋭登って従兄がいることを知らなかったんだよ」
「そうなの?」
「あ、あぁ。実はな」
萌夏ほどではないが、俺も感づかれないように頷いて見せる。
これでも何年も嘘を突き通してきたし、少しの演技はできるはずだ。
「帰ってからお母さんに聞いて、そこで知ったんだ」
「俺もそうだよ。びっくりしたな。あの完璧美少女と血の繋がりがあったなんて」
「そりゃそうだろうね」
与田さんは大きく首を動かしながら話を聞く。
しかし、そのまま徐々に首を傾げた。
「じゃあなんでその後も知らないフリしてたの?」
「……」
至極真っ当な質問に、俺は言葉が見つからない。
と、萌夏は続けた。
「特に意味はないよ。別にそこまで仲良くなかったし、わざわざ説明するのも面倒だったから」
「なるほど。確かにね~」
与田さんは真面目な顔で俺を見ながら頷く。
何に納得したのかは不明だが、とりあえず受け入れてもらえた。
と、俺達がそんな会話をしているうちにギャラリーが湧く。
丁度話を聞いていた奴が他の誰かにひそひそ話し、皆が興味深そうに見つめてきていた。
「ごめんね。変な場所で聞いちゃって。みんなに聞かれた……」
後ろを見て謝る与田さんに、萌夏は猫かぶり百%のパーフェクトスマイルを見せる。
「大丈夫だよ! どうせいつかはバレるし。ね? 鋭登君?」
「……あぁ」
先程からやけに強調してくるな。
やはり俺の一昨日の弁解には納得していないか。
俺と萌夏は従兄妹同士。
一応そういう形で収束した。
しかし、皆が下校したり教室に戻ったりする中、与田さんはじっと萌夏の顔を見つめていた。
まるで本心を探るかのように。
◇
「あーあ、言っちゃった」
全員がいなくなった後、萌夏は呟いた。
「……まぁまだもう一段階あるから大丈夫だ」
「でももう空気感は変わり始めるよ」
萌夏の言葉に、俺は彼女を見る。
妹は若干の笑みを浮かべていたものの、冷めた目を廊下に向けていた。
「少なくともこれで私は嘘つきだってバレるし、間違っても裏表のない完璧美少女というイメージにヒビは入る。まぁ事実だからいいんだけど」
「……」
「そんな顔しないでよ。全部私が悪いんだよ。鋭登のことを陰キャって馬鹿にして無視してた罰が当たったんだ」
「……正直、俺はお前が間違ってるとは思ってなかった。罰とかそんなことはない」
ボソッと呟いた俺の言葉に、萌夏は首を傾げる。
「どういう意味?」
「実際に俺はぼっちのコミュ障で。学校じゃ空気に紛れるガチのド陰キャ。そんな奴が華々しいJK生活に介入してくるのが面倒だってのはわかってたんだ。だから、別にお前が俺に対して言ってた事を俺はそこまで咎める気なんてないぞ」
「……なにそれ」
「いやまぁ、傷つきはしたけど」
「……わかってたのに、ぼっちはやめなかったの?」
そう聞かれて、俺は苦笑を漏らした。
根底にある醜い感情が露わになり、つくづく自分の事が嫌いになる。
萌夏に迷惑をかけると分かっていながら、人との関係を絶ち、尚且つ妹との関係性も伏せたがった理由なんて一つしかない。
「あぁ」
「中三のあれのせい?」
「……」
「そうなんだ」
萌夏は黙りこくるだけの俺に寂しそうな顔を見せた。
十七年間隣で歩いてきた実の妹にこんな顔をさせてしまう自分にイライラする。
「……ごめん」
「本当の話なんて何も言ってくれないくせに、ただ謝るなんて卑怯だよ」
「……あぁ」
妹は背を向け、ショートボブの髪が靡く。
と、彼女は最後に言った。
「今日、一緒に帰ろう」
「……は?」
一年半の高校生活で初めて言われる言葉に、俺は驚愕する。
だがそうか。
血縁関係が知られれば、一緒に行動していてもおかしくはない。
それに、他人も介入しづらくはある。
家庭の問題に首を突っ込む奴は少ないからな。
「私は覚悟を決めた。鋭登はどうなの?」
「……」
俺の言葉も待たずに歩いて行く。
立ち尽くす俺を窓から吹く秋の夕方の涼しい風が撫でる。
あんなに固執していた自分の『学校一の美少女』というイメージを崩してまで、あいつは俺に例の話を聞きたがっているのか。
それと萌夏の辛そうな顔。
妹を傷つけまいとついた嘘で、俺はどんどんあいつを不幸にしているのではないだろうか。
実際、俺があんな嘘をつかなければ萌夏まで地元と縁を切るような真似はしなかったかもしれない。
「違うな」
違う。間違っている。
俺は萌夏を傷つけたくないなんて思っていたわけじゃない。
自分が傷つきたくなかっただけだ。
萌夏にその事実を伝えてどんな反応をされるか、考えたら怖くてしょうがなくて。
それでビビっていただけなのだろう。
「俺、全部間違えてるのかな」
誰もいない廊下で一人呟いた。
◇
【あとがき】
祝100話感謝感謝です〜♪
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