第99話 隠し通せる嘘なんてこの世にはない

「やっぱりなんかあるの?」


 聞いてくる与田さんに、瑠汰は口をパクパクさせるだけで何も言わない。

 否、言えない模様。

 急展開に脳が停止してしまったようだ。


 俺も似たような感じだが、辛うじて口は動く。


「いや、萌夏……さんは別格なだけだろ。俺みたいなのに関心を抱くはずがないから、瑠汰も嫉妬しなかったんだよきっと。な?」

「は、はい!」

「ふぅん」


 がちがちの返事をするあほの子。

 与田さんは鋭い目を瑠汰に向けた。


「でも瑠汰ちんの嫉妬の根源って、ただ自分を見て欲しいだけでしょ? 関係ないと思うんだけど。それに三咲君が毎回萌夏のことを一旦呼び捨てにしようとするのも気になってたし」

「……」


 手強い。

 なかなか今回は引き下がってくれない。


「でも萌夏、三咲君と百均で会った時に誰かわからないって言ってたよね」

「そ、そうだよ。初対面だったからな」

「ううん。おかしいんだよ。萌夏って基本的に学年の生徒の名前と顔くらいは一致してるはずだし、そもそも同じ苗字の奴のこと意識しないとかありえなくない?」

「……そ、それは俺の存在感が薄すぎて知らなかっただけだろ」

「うーん。そう言われるとそうなんだけど」


 なんか違和感あるんだよなーと呟く与田さんは、顔面蒼白で固まっている瑠汰をじっと見つめる。

 彼女はそんな視線に晒されて不自然に目を泳がせた。


 くそ、これじゃ何かあると言っているようなもんじゃないか。


「ちょ、ちょっとトイレ」

「は~い」


 与田さんの間延びした返事を聞きながら、俺は席を立つ。


 今離籍したら確実に黒な事がバレる。だが仕方ない。

 もはやこのまま隠し通すのは不可能に近いからな。

 一旦一人で作戦を練る道を俺は選んだ。



 廊下を早足で歩いた。

 萌夏と俺は双子の兄妹であると声高らかに叫べばどれだけ楽か、なんて考える。

 しかし、それはできない。

 これは俺一人の問題ではないからだ。

 もう一人の当事者……それも俺以上に関係性を隠したがっている奴を差し置いて、勝手にネタ晴らしなんてできるわけがない。

 そもそも俺も出来る事なら隠し通したいし。


 俺が双子だという事実を隠したい理由は二つ。


 一つは建前のようなものだが、周りの奴らに俺を萌夏と繋がるための踏み台にされるのはごめんだという事。

 そしてもう一つはまた中学まで同様に比べられたり、俺という人間を萌夏の付属品という価値で推し量られたくないという事だ。


 今は瑠汰を始めとして、萌夏抜きで親しくしてくれる人間がそこそこいるが、関係性が漏れればどうなるかはわかったもんじゃない。


 俺とて多少は成長して周りが見えるようになった。

 自分にあいつほどの価値がない事も自覚はしているが、それでも突き付けられると傷つくのは事実だ。


 どうすればいいのやら。


 なんて思っていると。


「何、凄い顔」

「……も、萌夏さん?」

「どうしたの鋭登君?」


 丁度トイレから出てきた萌夏に出くわした。

 タイミングが良いのか悪いのか何なのか。

 彼女は俺の顔を見て口を開く。


「まるで私との関係性がバレそうで困ってるって顔だね」

「……他人に聞かれたらどうするんだ」

「でも一大事なんでしょ?」

「……」


 流石は双子か。

 何を考えているかなんて筒抜けである。


「ってか一応学校でも知り合いって設定だし、話しててもなにも問題ないよ」

「……じゃあ言うが、お前との関係性がバレそうだ」

「ふぅん。なんで?」

「えっと……」


 俺は今あった出来事をかくかくしかじか話した。

 正直ただでさえ一昨日から気まずい雰囲気の俺たちなのに、こんな話をしたくなかったのだが背に腹は変えられまい。


 と、聞き終えた萌夏はため息を吐く。


「まぁそこ突かれたらおしまいだね」

「おしまいってお前……諦めたような事言うなよ」

「無理なモノは無理。隠し通せる嘘なんてこの世にはないから」

「……どういう意味だよ」

「鋭登が一番わかってるでしょ」


 無表情で言われ、思わず口を閉ざしてしまった。

 彼女は続ける。


「どうせ関係を隠したいと思ってたのは私の方だし、仕方ないか」

「待て、何する気だ……?」

「心配しなくても双子だとは言わない。まぁ言っても誰もすぐには信じないと思うけどね」

「俺がコミュ障陰キャだからな」

「……違うよ」

「え?」


 ボソッと呟くせいで何て言ったのか聞こえなかった。

 否定されたような気もするが、流石に聞き間違えだろう。

 今更俺がコミュ障陰キャであるという事実を否定するわけがない。


「まぁとにかく、任せて」

「……いいのか?」

「瑠汰のヤバい挙動を見てたらいつかはこうなると思ってたし、これはあんた達と一緒にステージに立った私のミス。夢乃にバレたのも含めてね。自業自得だよ」

「……そんなことない。お前は別に悪くn――」

「黙って!」


 萌夏に止められて振り返ると、与田さんが歩いて来ていた。

 彼女は俺達に気付いて悪い笑みを浮かべる。


「なんか企んでるとは思ったけど、三咲君まさかの浮気でしたか~」

「人聞きの悪い事言うなよ……」

「そうだよ与田。瑠汰ちゃんから彼氏を取ったりしないって」

「あはは。そりゃそうか」


 いつものように明るく声を出す与田さんだが、彼女はそのまま聞いてきた。


「で、随分仲良さそうだけど。マジでどういう関係なの!?」


 当然の疑問をぶつけてくる与田さんに、萌夏の拳が固く握られたのが分かった。

 何をする気かは知らないが、覚悟を決めているらしい。

 複雑な気持ちだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る