第98話 地獄は続くよ
そのまま週末が開けた。
月曜になり、再び学校が始まる。
萌夏とはあれ以降なにもなかった。
例の話題に触れないのは勿論だが、だからと言って互いに無視し合ったりするわけでもない。
いつも通りに家族として生活をした。
この平穏さが逆に怖かったのは言うまでもない。
まぁなんであれ、あいつはこれ以上追及する意思がないようだ。
◇
「お、おはよっ!」
「おはよう。朝から楽しそうだな」
「べ、別に好きな人の顔を見れて喜んでるわけじゃないし?」
「そうか」
「……」
朝の教室にて、俺の方に寄ってくる瑠汰。
俺がツッコまなかったことで瑠汰はジト目を向けてくる。
自分でもおかしなことを言っている自覚はあるようだ。
「俺も朝から話せて嬉しいよ」
「……ちょっとキモいんだが」
「おい」
自分から振っといて塩対応にもほどがある。
あっさりし過ぎて逆に致死量の塩分濃度だ。
腎臓に悪そう。
瑠汰はもじもじしながら俺をチラチラ見てくる。
なるほど。
「めちゃくちゃ似合ってる。可愛い。つけてくれてありがとう」
「ほんとっ!? よかったぁ……マジで家出てから生きてる心地がしなかった。怖いJKに睨み殺されたらどうしようって」
「大丈夫だよ」
笑いながら、俺がプレゼントしたヘアリボンを頭につけた瑠汰を眺める。
ここ数日の萌夏とのぎこちない雰囲気による気疲れが一気に癒された。
なんてやり取りをしていると。
「ねぇ、私いるの忘れてない? あなた方」
「「あ」」
「あ、じゃないよ。まぁ上手くいってるならいいんだけどさ」
「与田さん、この前はお世話になりました」
「うむ」
どこぞの貴族みたいに腕組みして頷く与田さんに、俺と瑠汰は苦笑する。
彼女のおかげで瑠汰の求愛行動も落ち着いたし、なんなら仲も深まった。
頭が上がらないとはこのことだ。
そんなこんなで日常が戻ってくる……ことはなかった。
地獄はまだ続く。
◇
その日の放課後、俺達はクラス全員残って修学旅行に向けた話し合いをしていた。
班ごとで係の分担を決めたり、電車やバスの座席を決めたりする時間。
「えーっと、まぁバス電車は三咲君と瑠汰ちん隣固定で」
「ちょっと!?」
「嫌なら私が三咲君の隣に座るよ~?」
「それも嫌! ……あ、ちが」
「マジなんなのこの子。ガチかわなんですけど。潰したい。こう、なんていうか全身をプレス機にかけたいというか」
「ただの殺人予告!?」
「大丈夫。瑠汰ちんは死なないから」
「自動リザレクト機能はないから! 1ストックしかないから! 天使の守り覚えてないんだわ!」
引き出しが妙に個性的な奴だ。
そんな一部のゲーマーにしか伝わらないようなツッコミに与田さんは首を傾げる。
と、渡辺君がため息を吐いた。
「でもやっぱネズミ君と遊びたかったよなー。夢の国に行きたかったぜ」
「確かにな。俺もだ」
「元原は彼女とデートしたいだけだろ? 不純だわ」
「なんだそれ」
俺達の修学旅行は、文字通りただの学習旅行である。
よくある制服ディズニーで彼女と思い出を……!みたいなのは、うちの高校じゃ実現不可能。
まぁ流石は偏差値74だなぁと言わざるを得ない。
俺はちゃっかり隣に座っている自分の彼女の顔を見る。
俯きつつも、若干口元には笑みが。
瑠汰にもリア充への憧れというものはあるのだろう。
しかし。
「俺達が行っても人混みで気分悪くなるだけだぞ」
「……君は夢がないな。夢の国に行く資格がない」
「上手い事言うな」
「うっさい。その時は今度こそ、君の背中に吐瀉物ぶちまけてやる」
「……」
夢がないのは果たしてどちらか。
と、話していると委員長である中野さんが歩いてくる。
実に久々の登場だ。
「話し合いは順調?」
「いやぁ、それが瑠汰ちんが私に嫉妬しまくりでぜんぜ~ん」
「し、嫉妬なんかしてないだろ!」
「彼氏の隣の席を取られたら泣くのに?」
「泣いてないんだが? 泣いてないんだが?」
壊れたようにリピートする瑠汰。
そんな彼女を見て、中野さんは何の気なしに言い放つ。
「そういえば瑠汰ちゃん。いっつも他の女子と三咲君が絡むと暴走するのに、あの時は普通だったよね」
「あの時……?」
「ほら、体験入学会の時。萌夏ちゃんと一緒にスピーチしたでしょ? 本番ではテンパってたけど、嫉妬って感じじゃなかったし、そこまでも結構普通だったじゃん」
「……」
瑠汰は間抜けな顔のままフリーズした。
半開きの口から、魂が漏れ出しているのが分かる。
そして、多分俺も似たような顔をしていた。
「確かに、男子一女子二のイベントなのに、この嫉妬がましいおっぱいちゃんが普通なのはおかしいですね」
「ッ! ……ひ、人聞きが悪すぎるんだが?」
「今も私のおっぱいちゃん呼びにツッコみ忘れてるし」
「げ」
アホな声がどんどん漏れていく瑠汰。
それに対し、与田さんと中野さんの視線は疑いの念を増す。
隠し事の多い人生だったが、回収の波が一気に押し寄せてきた。
俺のつばを飲み込む音が、やけに響いた気がした。
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