第97話 俺の価値

 ※今話から鋭登の視点に戻ります




「一応納得したか……?」


 萌夏が部屋に帰ったのを確認し、俺は小声で呟く。

 返ってくるのは当たり前の静寂のみ。


「ふぅ……」


 せっかくのデートが台無しじゃないか。

 瑠汰とのキスの余韻にも浸れなかった。

 頭は冴えたが、こういうのは望んでいない。

 これなら浮かれた状態のまま萌夏に風呂凸でもして、いつも通り『死ね』と言われた方がマシである。


 しかしまぁ、随分とえげつない所を突いてくるなぁ。

 奈菜か。

 懐かしい名前だ。


 俺の事が好きだと言ってくれた二人目の女の子。

 いや、あんなにストレートに俺に好意を伝えてくれたのはあの人だけだったかもしれない。


「好意を伝えてくれた、ねぇ……。現実も突き付けてくれたけどな」


 忘れもしないあの日の事。

 修学旅行明けの週末に駐輪場で告白されたのだ。


 当時瑠汰と付き合っていた俺は調子に乗っていた。

 必死な顔で好きだと言ってくれる女子に嬉しさを感じたのは言うまでもないが、それ以上に瑠汰の端正な顔がちらついて仕方がなかった。

 だから俺は勿論断った。


『ごめん。好きな人いるからさ!』


 笑顔で俺は言った。

 まるでお前なんて眼中にないと言わんばかりの態度を取ってしまった。

 そのせいで、引き出してしまったのだ。

 あの人の――いや、全ての知り合いが抱いていた感情を。


『……調子に乗らないで。萌夏の兄って事くらいしか価値ないくせに』

『えっ?』

『あ、いや。……ちが。ごめん』

『……は?』


 あの日、俺の中で世界の見え方が変わった。

 いや、恐らく正常なモノの見方ができるようになったのだと思う。


 俺の価値は完璧美少女三咲萌夏の血縁者であり、あいつの双子の兄であるという事だけ。


 次の日の放課後、奈菜は俺に謝りに来た。

 全員が見ている廊下で。

 思わず感情的になって『ふざけんな』と言ってしまった。

 あれがきっかけで俺の居場所はなくなった。


「ははは」


 自嘲気な笑いが漏れて、さらにおかしくなってくる。

 深夜テンションで笑いが止まらない。


 あの後、奈菜は何度も話しかけに来た。

 自分のせいで俺が勘違いされ、嫌われたのが我慢ならなかったのだろう。

 どうも俺に相手にされなかった悔しさからつい口走ってしまっただけなようで、彼女は本当にあの発言を後悔していた。

 そして勘違いを解こうと焦ってもいた。

 だがしかし、俺はそれを止めた。


『騒動はこのまま放置してていい』

『でも、それじゃ鋭登君……』

『お前、自分が俺に対して『萌夏の兄であること以外に価値がない』って言ったことを暴露する気なのか? それで俺が傷ついたと知って、俺以上に傷が残る奴がいるんだよ』

『……萌夏ちゃん』

『そうだ。あいつには何があっても知られちゃダメだ。ってことは、顔の広いあいつの連絡網を潰すには、そもそも情報を出さなければいい』

『このまま嫌われ役を買うってこと!?』

『最初からそう言ってるだろ。俺のことが少しでも好きなら、頼むよ』

『……わかった』


 そうして俺はこの件を封印した。

 結局萌夏に知られることはなかったし、作戦は成功した。


 次第に人間関係に違和感を覚えた俺は、全員との縁を切った。

 自分のことを萌夏ありきでしか見ない人間が、全員敵にしか見えなくなった。


 と、そんな時に俺の心の拠り所だったのがあいつだ。

 萌夏の存在なしで、ただ俺だけを好きでいてくれる少女。

 金髪ロリだったあの女子に俺は傾倒した。


 瑠汰は今日言っていた。

 見た目じゃなくて、内面だけで初めて認めてくれたのは俺だけだったと。

 全く同じことを俺も思っていたのだ。

 つまるところ、どこまで言っても俺と瑠汰は似た者同士。

 互いに唯一の理解者として生きていた。


 瑠汰への気持ちが大きくなればなるほど、他の人間への興味が失せた。

『どうせ』が増えた。

 俺なんて萌夏の付属品でしかないと気づいてからは、生きる活力が瑠汰以外に見いだせなくなっていた。


 今思うと、それだけお互いに思い合っていたのに、自然消滅とは言え何故別れたのか不思議だな。

 まぁ中学生の恋愛なんてその程度だ。

 そう、その程度。


 奈菜の放った言葉も『その程度』で流せればよかったんだが。


「無理だろ、流石に……」


 小っちゃい男だとは思うが、今でもあの言葉はトラウマだ。

 俺が萌夏との関係性を光南高校で明かしたくない理由は、これが本音だ。


 さて、俺はここからどう隠し通すのか。

 今更萌夏に真実を突きつけるのはだめだ。

 本質に自分が絡んでいると知れば絶対に自分を責めるだろうし、墓場まで持っていくしかない。

 これで良いのだ。

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