第90話 アタシの価値

 瑠汰は手を握ったり開いたり、そのまま自身の髪を弄ったりしながら話す。


「アタシさ、昔は周りの人間のことが大嫌いだったし、自分の事も嫌いだった」

「今は違うのか?」

「君のおかげ」


 苦笑しつつ、彼女は続ける。


「ほら、覚えてると思うけど、アタシ昔は金髪碧眼だったじゃん? あれが目立って仕方なくって、小さい頃から色んな事言われてきてさ。小学校の頃は『可愛いね』とかそういう事ばっかり言われてたけど、中学に入った頃には変わった」


 思い出すのは金髪碧眼の少女。

 当時は胸も薄く、二次性徴が完全に終わってなかったこともあり、全体的にスレンダーだった。

 言い方を変えれば、ロリっ子だった。


「『調子乗っててウザい』なんてクラスのリーダー格に目をつけられてさ、そのせいで先輩とかからも目の敵にされてるっていうかなんて言うか。特に男子と話すと嫉妬かなんか知らないけど、陰口叩かれまくって、女子から無視されたり。ま、アタシの圧倒的美貌のなせる業って奴?」

「そういう嫉妬って迷惑な話だよな」

「ちょ、ツッコんでよ」

「そういう雰囲気じゃないだろ。それにお前が可愛いのも、そのせいで周囲の嫉妬心を煽ったのも事実だろうし」

「……」


 流石にこんなムードで茶化すほど俺はゴミじゃない。

 まぁただ、自分の態度が彼女の話を聞く上で正解なのかは知らないが。


「こほん。でさ、馬鹿な男子ってのはそんな女子の空気も読まずに告白してくるわけよ。そこで告白してきた奴らになんとなくアタシのどこが好きなの?って聞いてみたんだけど、なんて答えたと思う?」

「……顔?」

「正解! 可愛いから好きです!って全員答えるの。あの時は死にたくなったよ。アタシの価値は容姿だけだったのか……ってな。あれ? どうした?」

「……辛かったな」

「鋭登?」


 いつしか俺は俯いていた。

 涙は流れていない。

 ただ、自身の過去と重ねて感傷的になっているだけだ。


 自分の価値か。

 どこかで聞いたことがあるような悩みに苦笑する。

 どこまでも俺と瑠汰は似た者同士なんだ。


「アタシ、その時に気付いたんだ。両親以外に、容姿以外を褒められたことないかもって」

「……」

「そんな時に、君が現れた」


 その言葉に再び顔を上げると、瑠汰は満面の笑みで俺を見つめていた。


「ゲームをきっかけに外見関係なく繋がって、そこから仲良くなって。初めて会う時はものすっごく緊張した。何度もドタキャンしようとした。またアタシの可愛さで落としちゃったらどうしようってな」

「あぁ」

「……だからツッコんでくれって。まぁそれはさて置き。君、アタシに初めて会った時になんて言ったか覚えてる?」

「いや……」


 何も覚えていない。

 当時、俺もネットで知り合った人と会うなんて初めてだったし、滅茶苦茶緊張した記憶だけがある。

 特に相手が女ということもあり、かなり浮足立っていた。

 その日の事は覚えているが、初対面時の自分が何を口走ったかまでは覚えてない。


「えっと、俺はなんて?」

「『お前、やっぱ頭おかしいんだな。おもしれー女』って言ってた」

「ッ!? ……殺してくれ。恥ずかしい」

「あははっ! やっぱキモいよな。今思い返しても笑えるんだが」


 なんてことを言ったんだ俺は。

 どこぞの主人公キャラに憧れてそんな事を言ったのか。

 なんだよおもしれー女って。リアルでそんな事言うなよ。

 丁度当時中二だったから、まぁそういう発言をしても仕方ない年頃かもしれないが。


 しかし問題はその前だ。


「俺は、初対面の女子に頭おかしいって言ったのか?」

「うん。アタシの全身を隅々見た上で、第一声がそれ」

「……ごめんな」

「まぁ実際全身真っ黒のジャージ姿だったし、謝らなくて良いって。それに、アタシはあれで君への警戒心を解けたんだから」


 瑠汰はケラケラ笑いながら続ける。


「そこからのデートは今と同じ。ゲームの話したり、互いの意味わかんない服装をいじり合ったり。そして別れ際、アタシは君に聞いたんだ。『君はどうしてアタシの友達でいてくれるの?』って」

「あ」

「覚えてる? なんか照れるな」


 帰る間際に、やけに照れ顔で聞いてきたのを覚えている。

 一瞬告白でもされるのかとドキドキしたものだ。


 俺は思い出すように三年前の自分の言葉を呟く。


「確か、『女子中学生のくせにヘビーゲーマーで、思考回路がぶっ飛んでるところが面白くて好きだから』だっけ?」

「そう。聞いてないのに君、アタシに告白してきたんだよな。マジで草なんだわ」

「おいっ!」


 顔から火が出そうになった。

 こういうのはいつも逆だろ?

 なんで俺が瑠汰にいじめられて、そして照れてるんだよ。


「でも、あれでアタシは君の事しか考えられなくなった。初めてだったんだ、容姿を一言も話題に出されなかったのが」

「なかなかちょろいな」

「う、うっさいし! 仕方ないじゃん。アタシが欲しかった言葉をくれて、欲しかった気持ちを注いでくれたのは君だけだったんだから」

「お、おう……」

「照れるなよ! アタシの方が恥ずかしいんだぞ!?」

「……」


 そんなことを言われても無理だ。

 目の前の彼女が可愛すぎて、そして過去の自分が恥ずかしすぎて全身の震えが止まらない。


「とにかく! アタシが君のことを好きになったのは、そういう経緯」

「おう」

「おうってなんだよ……」


 初めて聞く瑠汰の過去。

 確かにそんな思いをすれば、髪色や目の色を隠そうとするのは必然だろう。

 異常に周りの女子の目を警戒するのも当然だろう。

 そして。


「ごめんな。普通のコンタクトの方がいいとか言っちゃって。デリカシーに欠けてたよな」


 改めて自分の言動に反省した。

 しかし。


 何故か立ち上がり、狭いゴンドラの中を移動して俺の隣に座った瑠汰。

 彼女は俺の手を握る。

 いつもと違って優しいタッチだ。


「いいんだよ。君は」

「なんだそれ」

「えへへ。っていうか、今の学校のみんなは優しいから好きなんだ」


 はにかむ彼女のツインテールが揺れた。

 なんとなくそれに手が伸びる。


「髪、根元の方は色変わってきたよな」

「まぁな。仕方ないよ、地毛は金髪だし」

「可愛い」

「……ありがと」

「なぁ」

「ん?」

「キスしていい?」


 特に何も考えずにその言葉が出てきた。

 瑠汰は俺の手を握る手に力を込める。

 そしてそのまま、瞳を閉じた。


 西陽が差し込む観覧車の中で、俺達は初めて唇を重ねた。






 ◇


【本作関係ないあとがき】


 昨日の宣伝で借り物競走を読みにきてくださった方々、本当にありがとうございます!

 本作よりはリアルな恋愛模様を描いた作品になります。

 お前の書いたラブコメじゃない恋愛モノが読みたい……って方がおられましたら、是非お越しください。

 コンテスト応募中なので、フォロー・☆レビューして頂けると物凄く助かります(╹◡╹)

 ↓

 借り物競走で部活の先輩マネージャーをお姫様抱っこした俺の末路

 https://kakuyomu.jp/works/16816700427971834878

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