第88話 痴話喧嘩

「じゃあとりあえず、ご飯でも食べようよ」

「そうだな……今なら人も少なそうだし」


 現在時刻は午前十時半。

 昼食時ではないため、どこかしら空いているだろう。

 そう思って俺達は重い足取りで歩く。


 元気に走り回る子供に苦笑しながら付いて行く若い母親。

 手を繋いで照れ笑いを浮かべる中高生のカップル。

 それを微笑ましそうに眺める大学生カップル。

 改めて見ると、休日の遊園地ってのはリア充だらけの魔境だな。

 見ているだけで身震いしそうだ。


「アタシ達もあんな風に見えてるのかな」

「どうだろうな」


 考えたこともなかったな。

 今や俺もそっち側なのか。


 ふと横を歩く瑠汰を見る。

 相変わらずきょろきょろと挙動不審で、コミュ障なのが丸分かりだ。

 やはりどう見てもそっち側ではない。

 どこに行っても陰の者は陰の者だ。


「あ、あそこにフードコートある」

「空いてるし、座るか」


 マップも見ずに散策するという、ゲームを嗜む者としてあり得ない行動をしていた俺達だったが、なんとか目的の場所に辿り着いた。

 やはりまだこの時間帯は周囲の人もまばらだ。


 テキトーにタコ焼きとフライドポテトを買って、二人で仲良く食べる。


「そういえばアタシ、一応ゲーム持ってきたんだよ」


 瑠汰は油のついた指を持参したウェットティッシュで拭いた後、リュックサックを何やら漁った。

 そして取り出したのは、ご丁寧にコントローラーまで用意されたゲーム機だった。

 やけに大きなリュックだと思っていたが、こんなモノを詰めていたとは……


「なんか一緒にやるか?」

「何のソフトを持ってきたんだ?」

「全部ダウンロード版買ってるから何でもあるぞ。あ、すまぶらするか?」

「それは……遠慮する」

「ふぅん? 逃げるの?」

「……上等だ。うけてやらぁ」


 前から思っていたが、こいつはゲームするときだけやけに煽って来るよな。

 あの萌夏に対してもいつも結構な事を言っていたし、人格が変わるのだろうか。


 ゲーム機をモニター代わりにフードコートのテーブルに立てかけ、二人で隣に並んでのぞき込む。

 太陽の反射がウザくて、イマイチ画面が見えない。


「これ、画面の明るさを上げられないのか?」

「すでにマックスなんだわ。あ、こっちに寄れば」

「あぁ、こうか……」

「うん……あ」


 光を遮ろうと自分たちの身体を太陽とモニターの間に入れ込む。

 すると気付けば、瑠汰の肩が俺の肩に触れていた。


「ち、近すぎるか」

「別にいいじゃん。離れたら見にくくなるし」

「え、お前……」

「……あ、ちょ、ちょっとちが。君とくっついていたいわけじゃないからな!? 仕方なく、仕方なくくっついてやってるだけだぞ!? 勘違いすんなしっ」

「そんなに嫌なら場所変えるか? もっと暗い場所あるぞ、多分」

「……意地悪だな」

「え、なんで? そんなにくっつくの嫌なら場所変えた方がいいだろ」

「だからなんで今のは聞こえてるんだよ!」


 耳元で怒鳴られ、椅子から転げ落ちるかと思った。

 何で聞こえるんだって、そりゃ至近距離の呟きは拾えるだろ。


「はぁ……難聴鈍感やるなら徹底しろ!」

「人聞きが悪すぎる! そもそもお前には言われたくないぞ!」

「なんでだよっ! アタシがいつ難聴で、鈍感だったんだよ!」

「ずっとだずっと! そもそも付き合う前、学校で俺の好意に気付いてなかったのはお前だけだったらしいし」

「そ、そそそれは……」

「この前だって普段は耳悪いくせに、授業中に名前出したら振り返って来るし」

「あぁもう! うるさい! 黙れ!」

「うるせえのはお前だろうが!」


 見事なまでの逆ギレについ声量が増してしまう。


 ふと周りを見ると、周りから生暖かい視線を集めていた。

 隣には肩が触れ合う距離にいる顔の赤い彼女。

 うわ、ヤバイ。超恥ずかしいんですけど。

 痴話喧嘩をずっと見られてたのか……。


 しかし、照れる俺を他所に未だ周りが見えていない瑠汰。

 彼女は続けて口を開く。


「マジで怒った。君は眠れる檻の魔物を叩き起こして封印を解いたんだ。もう逃げられないぞ?」

「……自己評価が檻の魔物ってどうなんだよ」

「う、うっさい。とにかくゲームで強い奴が正義って事。それがこの世のルール」

「随分お前有利な世界だな。滅んでしまえ」

「むぅ」


 なんて無駄口をたたきながら、俺達はゲームを始める。

 ちなみに俺のコントローラーは持参していたものだ。

 一応、念には念を入れて用意していてよかったぜ……汗汗。

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