第87話 何に乗れるんだ?

 園内をぐるぐる回ること三十分。

 俺達は、何に乗るわけでもなくただ疲労していた。


「ちょ、ちょっと座らないか?」

「そうだな……」


 近くにあった日陰のベンチに腰掛け、ほっと一息をつく。


 疲労の原因はいくつか考えられる。

 まずは人の多さだ。

 日曜を避けて土曜に来てみたが、あまり効果は感じられない。

 視界に映るのは人、人、人……

 そして俺達は、基本的に人混みが嫌いなわけで。


「ちょっと抱き着いていい?」

「はっ!? ま、まぁいいけど……」

「ありがと。……おぇぇ」

「やめろふざけんな!」


 背中にゼロ距離で吐息をかけられ、生温い熱気を感じた。

 俺は瑠汰の柔らかい肩に優しく触れ、そのまま引きはがす。


「あ……」

「あ……じゃねえ!」


 彼氏の背中に吐瀉物をまき散らそうとする彼女がどこにいるんだよ。

 くそ、ちょっと興奮した自分を殺してやりたい。

 うちの彼女は確かに可愛いが、そんなあからさまに甘えてくる奴じゃないだろ!


 瑠汰はそんな俺の葛藤などつゆ知らず、恨めしそうな目で見てきた。


「人混み、気持ち悪い……」

「だからって俺に吐くな。トイレまで付いて行ってやろうか?」

「……いやぁ」

「じゃあ我慢しろ」


 全く、世話の焼ける奴だ。

 俺だって気分が悪いって言うのに。


 で、話を戻そう。

 疲労している理由として次に考えられるのは、俺達の体力不足だ。

 自慢じゃないが俺達は、伊達に友達も作らずに家でお一人遊びをしていたわけではない。

 体力の低下は慢性的な問題だ。


 そして最後の原因は。


「なぁ、アタシ達は何に乗れるんだ?」

「……」


 俺と瑠汰の最大の問題は、共に絶叫マシンに乗れないという点である。

 そもそも人混み嫌いな俺達があんな行列に並べるかいってなもんよ。

 うちの彼女が吐瀉物をまき散らして、風通りをよくするのが容易に想像できる。


「そもそもあんまり来た事ないから、どういうのが楽しいのかわかんないし」

「観覧車とかは?」

「あれは最後だろ。デートにもムードってのがあるだろ? 夕日をバックに、観覧車の中で二人の気持ちは爆上がり。そこではじめてのチュウを……あ」

「キス、したいのか?」

「あ、いやぁ。いやぁ。いやぁぁ?」

「……」


 頭から湯気が出そうなほどに顔を赤く染める瑠汰。

 口をパクパクさせ、お得意のふざけた文言すら出てこない。


 震える瑠汰の唇に俺の視線も釘付けになる。

 ささくれ一つもない瑞々しいピンク色だ。

 これに俺の唇を重ねる?

 分不相応過ぎて興奮もあまりできない。

 ただ綺麗だなぁって感情が頭の中を爆走して回るだけである。


「ま、まぁ観覧車は最後にとっておくとして」

「やだ! もう行きたくない! ……だってマジ、もう無理」

「えぇ……」

「露骨にがっかりそうな顔するなよ。……ほんと、なんでそんなに君は反応が一々ぃ……ぅぅぅぅ」

「なんか言ったか?」

「うるさい! えっち!」


 自分から胸を触らせてくるような女にえっち呼ばわりされたくないんですけど。

 もじもじとロングスカートを弄る瑠汰に、ため息を吐く。


「お化け屋敷とかはどうだ?」

「ごめん無理。アタシホラゲーとかも買わないタイプなんだ」

「意外だな」

「昔な、お父さんがアタシにホラゲーの実況動画を見せてきて、その日にお母さんがちょうど包丁で指を深めに切って……」

「最悪なトラウマだな」


 幼い頃に刷り込まれた恐怖はそう簡単に抜けないか。

 完全に偶然の事故だろうが、深層心理を説得するのは容易ではなかろう。


「どうしよ……せっかく君が誘ってくれたのに」


 隣で項垂れ、ガン萎えする瑠汰。

 俺はそんな彼女に笑いかけた。


「別にいいって。俺はお前と一緒に居れるだけで楽しいから。それにたまにはこういう雰囲気味わうのもいいだろ?」

「そうだな……ありがとう」

「ははは。まぁデートは今日で終わりじゃない。ゲームの強敵だって、初見で倒せないならレベ上げして再戦するもんだし」

「ごめん。RPGは初見クリア以外したことないんだが?」

「チッ……これだからガチゲーマーは」

「えへへ」


 にへらっと緩い顔を見せてくる。

 相変わらずこいつはどこかぶっ飛んでるよな。

 ガチゲーマーという言葉は一般JKにとって誉め言葉ではない……はずだ。

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