第80話 俺のお姫様

「えーここは尊敬表現ですからー」


 ほぼBGMと化した先生の声。

 それをバックに与田さんは教科書を眺める。


「かぐや姫ねー。アニメ映画なら見たことある」

「有名だよな。金曜夜によく放送されているイメージ」

「そそ」


 彼女は退屈そうにシャーペンを回しながら唸った。


「求婚するのに無茶な宝物を持ってこさせるんだっけ」

「そんな感じだったような」

「やっぱ男は貢いでなんぼっていう教訓だね」

「そんな馬鹿な」


 教科書にも載っているような大名作を、そんな俗物的にまとめるのは流石にあんまり過ぎるだろ。

 それに男が言うならまだしも、女が言っちゃダメだ。

 と、ひらめいたように与田さんが顔をパァッと明るくさせる。


「三咲君、簡単な話だよ」

「へ?」

「贈り物なんて、どうよ」

「……はぁ? かぐや姫に俺が贈るのか?」


 どんな話だよ。

 なよ竹のかぐや姫は既にお月様に行ってしまわれたというのに。


 呆けている俺に、与田さんは苦笑する。


「だから、かぐや姫じゃなくて三咲君のお姫様に贈るんだよ」

「あ、瑠汰……」

「その通り」


 今は周囲の人と本文の問いについて相談する時間なため、ある程度の雑談する余裕はあるし、教室も全体的にうるさいため俺達の会話内容も聞かれない。

 だというのに、俺が発した瑠汰という単語にちらりと振り返ってくるツインテール彼女。

 普段は耳悪いくせに、どうなってるんだ。


「なんかプレゼントあげなよ」

「まぁ金銭的余裕はあるしな」

「家がお金持ちなの? それとも隠れてバイト?」

「いや、友達いないからお小遣いが貯まってるだけだ」

「……」


 初めて見る与田さんの同情の目に、俺は何故か勝ったと思った。

 あふれ出る彼女の光オーラに、俺の闇オーラが打ち勝った的な。


「ま、お金あるなら好都合じゃん。絶対喜ぶって」

「うーん。でもなぁ」

「青春への投資ですぞ」

「別にケチってるわけじゃない」


 一方的に何か買ってあげるのが当然になるのはよくないが、彼女の場合はそうはならないだろう。

 性格もあるが、財力の話だ。

 彼女の家を見たらわかる通り、高校生の一人暮らしとは思えない超セレブなゲーマー生活をしている瑠汰。

 あれは全て奴の父親のおかげ。


 自分より金を持っていない人間からたかろうとは、あまり思わないだろう。

 プレゼントに大事なのは気持ちだ。


「プレゼント貰えるとさ、やっぱり愛されてるっていうのが形として残るからいいんだよ」

「まぁ、そうだな」

「それに一つの仲を深める機会にもなるでしょ?」


 最近はこれ以上ないくらい話したりしているが、やはり瑠汰の寂しがりな心はその程度じゃ満たされない。

 良い機会かもしれないな。


「なんか贈りたいものとかないの?」

「うーん」


 言われるまま視線を瑠汰にずらすと、何故か目が合った。

 なんでこっち向いてるんだよ。

 ってか嬉しそうにはにかむな。頬が緩んじまうだろうが!


 と、冗談はさて置き。


「なぁ与田さん」

「なんだい三咲君」

「瑠汰ってもっと可愛い髪留め使った方が良いと思わないかい?」

「私も同じこと思ってるよ。何度か言ったし」

「だよな」

「だよだよ」


 妙に呼吸を合わせてきて逆にやりにくい。

 ニヤニヤしている与田さんの顔を見ると、何を思っているか見透かされているようだ。


「へぇ、いいんじゃない?」

「でもああいうのってどこで買うんだ?」

「そりゃどこでもいいじゃん。ハードルの低さで言うと、大型施設の中にあるショップとか?」

「なるほど」


 確かに、女子ばっかりの店に入るのは気が引けるけど、他にも店があるんなら若干入りやすくはある。

 あと通販サイトなどもあると思うが、実際に見てから決めたいのと親や妹にニヤニヤされるのも不愉快だ。


「あとは女子と一緒に入るとか」

「本人と入るのはなんだかなぁ」

「他に女子の知り合いは?」

「……いない」

「そりゃそうか」

「……」


 本当はいる。

 知り合いというか、かなーり血縁の濃い知り合いがこの学校の同じ階にいる。

 だけど一緒に行動するのは無理だ。

 そもそも一緒に買い物なんて行きたくない。

 恐らく俺以上に向こうの方が嫌がるだろうしな。


「じゃ、私が付いて行ってあげよっか?」

「……は?」

「選ぶのも手伝ってあげるよ~?」

「いやいや、いやいやいやいや」

「めっちゃ首振るじゃん」


 だって、色々とおかしいだろ。

 俺と与田さんが一緒に買い物するって事だろ?

 大問題じゃないか。

 なんなら萌夏と買い物に行くのと同レベルな気がする。


「別に友達の彼女の買い物するのに付き合うのは普通だし」

「そうか……」

「まぁ確かに、二人っきりで行くとあらぬ勘違いからややこしいことになりそうだけど。特に今私に訝し気な視線を送ってるおっぱいちゃんは」

「だからその呼び方やめろッ」


 と、俺のツッコミはガン無視して与田さんは笑う。


「大丈夫だって。まぁとりあえず、週末の予定空けといてよ」

「お、おう……」


 そんなこんなで俺は瑠汰にプレゼントを贈ることになった。

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