第79話 新たな扉

 そんなこんなでそのまま一週間が過ぎた。

 そう、過ぎたのだが……


「ね? 言った通りでしょ? ヤバいでしょ?」

「……そうだな」

「随分げっそりしちゃってどしたの?」

「……」


 俺は少し疲れていた。

 というのも、最近瑠汰がやたらと夜中までメッセージのやり取りや通話を求めてくるのだ。

 睡眠不足というか、愛の供給過多というかなんというか。

 要するに。


「嫉妬、凄そう」

「その通りです」


 もはやツンデレじゃなくなってきている。


 寂しいのはわかる。

 前から瑠汰はアタシの事だけ見ろ!って感じの子だったし、あいつの性格もなんとなく理解している。

 だがしかし。

 やはり高校生活であいつ以外の女子と会話しないのは不可能だ。


「でも、なんで嬉しそうなの?」

「え?」

「にやけてるじゃん三咲君」


 与田さんはそう言って手鏡を向けてくる。

 そこには双子の妹とは似ても似つかない、冴えない陰キャがニヤニヤしていた。


 実際、彼女に求められるのは嬉しい。

 それだけ俺も好かれているのだとわかるし、体はキツいが心は満たされている。


「はぁ、あの彼女にこの彼氏か。楽しそうだね」

「楽しいよ」


 俺の返答に与田さんは顔を一瞬顰める。

 しかしすぐにため息を吐いた。


「昔みたいにツンデレ瑠汰ちんを見たかったから席替え初日に煽ったんだけど、あんまよくなかったっぽいね。私のせいだよ、この状況」

「別に与田さんは……」


 言いかけて、確かにその通りだと思った。

 瑠汰は最近与田さんのことを警戒している。

 元から与田さんと鳩山さんにあらぬ疑いをかけていたのは知っていたが、席替えをして以降与田さんへの警戒心は強まっていた。


 例えば。

 休み時間に与田さんと話していたら、マーキングなどと称して髪の毛をぐちゃぐちゃにされたり。

 授業のペア活動時に何故か俺の方を凝視したり。

 他には放課後になると俺と与田さんの間に割り込んできたり。


 まぁただ。


「そんな事言う割に、与田さんも結構俺に話しかけたりするじゃないか」

「隣の席の人と会話しないのは不自然でしょ〜? それに瑠汰ちんは嫉妬してる方が可愛いし」

「悪魔め」

「ん? 私性格良いなんて言ってないよ?」

「……」


 瑠汰が加速すればするだけ、与田さんも俺との接点を増やしてくる。

 ちょくちょく隣で飯を食っているし、何を考えているのかわからない。


「いくら嫉妬する瑠汰が可愛いからって、俺みたいなのと話すの嫌じゃないのか?」


 シンプルな疑問を投げかけると、与田さんはきょとんとする。


「何が? 別に嫌じゃないけど? 一緒にお好み焼きを売った仲じゃん?」

「……それ、そんなに深い絆効果あったのか?」

「勿論。私の青春の一ページに三咲君の名前だけは残るよ」

「どうせなら顔も覚えておけよ」

「ん? 随分自信があるのかな?」

「逆だよ。俺みたいなブス、そうそう忘れないだろ」

「別にブスじゃないじゃん」


 真顔で言われると困る。

 お世辞は分かりやすく言ってもらわないと、勘違いしちゃうぞ。


 でもなんかこれ、アレだな。

 Twitterとかでよく見る『そんなことないよ』待ちのかまってちゃんみたいだ。

 言っておくが俺は違うぞ。

 どちらかと言うと『確かにブスだね。あははっ』って一蹴されたいのだ。

 これは俺がドМだからではない。

 その方が諦めがついて人生楽だからだ。

 って、身勝手な都合だけで悪人にさせられる人の立場に立つと、俺って結構クソだな。

 よし。


「今のは忘れてくれ。俺はイケメンだ」

「……自分で言う程じゃないよ?」

「いや、いいんだ」

「ふぅん。紗樹が言ってたナルシス陰キャって奴だね」

「……そのあだ名はやめろください」


 それを言われると全身に鳥肌が立つのだ。

 色んな悪口を主に妹の口から聞いてきた俺だが、赤の他人からってのと、あまりの暴力的なその言葉にだけは変な興奮が湧く。

 ハッ、この先の扉は開けてはいけません三咲鋭登君!


「ってかさ、なんで私達授業中にこんなに私語してるの?」

「知らねえよ」


 そう、現在は月曜七限の古典の授業中。

 昼休みではないのである。

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