第78話 不穏な彼女

「じゃあおやすみ」

「おやすみ」


 萌夏と挨拶を交わして別れ、俺は部屋に入る。

 少しゲームをして勉強へのストレスが軽減されたからか、急に眠気がやってきた。

 そのままベッドに横たわる。


 と、電子音が部屋に響いた。

 いわゆるスマホのメッセージアプリの通知音だが、この音が俺の部屋で鳴るのは珍しい。

 だって友達がいないから。


 先程の妹の言葉を間接的に肯定した自分に頬を引きつらせながらスマホを見ると、送り主は瑠汰だった。


『起きてる?』


 短いメッセージを確認した。


『起きてるよ』と返すと、一瞬で既読がつく。

 そしてあまりのレスポンスの速さにビクッと肩が浮いてしまう。


『じゃあちょっと話せない?』


 現在時刻は十二時過ぎ。

 若干眠気もあるが、まぁ彼女の頼みだ。

 俺は通話ボタンをタップする。


『も、もしもしっ』

「なんでそんなに挙動不審なんだ」

『夜に君と話せてテンション上がってるわけじゃないし』

「誰もそんなこと聞いてないって」


 電話でもいつも通りか。

 受話器越しに聞こえる彼女の声は三割増しに可愛く聞こえる。

 不思議だ。

 萌夏の声なら八割増しに不細工に聞こえるんだがな。


「で、どうしたんだよ」

『ちょっと声聞きたかっただけ』

「……どうしたんだお前。随分可愛いな今日は」

『べ、べべべ別におかしなことじゃないだろっ!? ってかやめろよいきなり可愛いとか言うの……』

「まぁそうだな。でもマイク越しに叫ぶのやめてくれ」


 またも鼓膜を持っていかれかけた。

 逆に少し眠気は飛んで行ったが。


『じゃ、じゃあさ。明日の英語の本文のさ』

「……そ、その話はやめようぜ? 難しい事考えたくないしな?」

『え? そんな難しい表現あったか?』

「……」


 そうだ思い出した。

 こいつハーフだったんだ。

 そりゃ英語くらいは朝飯前なのだろう。


「勉強の話はやめようぜ」

『そ、そうか? じゃあ最近の世界情勢について一言お願いします』

「俺はコメンテーターじゃねぇよ……」

『良いツッコミだな。眠そうだけど』

「俺で遊ぶなよ。あと俺は世界情勢については一言も発しない主義だ。メディアで得た情報だけで得意げに語ってると、絶対に偏った意見しか出てこないからな。それなら何も言わない触れない方が得策だ」

『それ、思考を放棄してるだけじゃ?』

「……」


 なんだろうこの子。

 俺をいじめたくて通話したがってたのか?

 随分とドSになったもんだ。


『えと……じゃあえっちな話でもする?』

「マジで急にどうしたんだ一体ッ」

『き、君が興味あるかな~って』

「……ふぅん。例えば?」

『ひっ』


 小さくジャブを打っただけでダウンしたのだろうか。

 微かな悲鳴を上げた瑠汰は、ぶつぶつ言う。


『……あ、新しいブラ買った……的な?』

「え? なんだって? 歯ブラシ買った? それのどこがエロいんだよ。まさか、どんな使い方――」

『なんで通話で聞き取れないんだよ!』

「だから耳元で叫ぶな!」


 スマホを口元から遠ざけて叫ぶと、隣の部屋から壁をドンっと蹴られた。

 ごめんなさい妹様。


「はぁ……用ないなら切るぞ」

『ま、待って!』

「……はぁ?」

『もうちょっと話したいなぁ……』

「夕方も同じこと言ってたじゃないか」


 ため息を吐きながら、苦笑しようとして俺は固まる。

 与田さんと妹の言葉が頭の中で繋がって、悍ましい推測を発生させた。


『まぁまぁ。でもさ、思ったより深刻だよあれ』

『いやぁ、今に分かるよきっと』

『でもあんた、気を付けた方がいいよ』

『瑠汰は思ってるより脆いと思う』


 まさかとは思うが。

 いやいや、でもそうだ。


 俺が百均で鳩山さんを少し見ていただけで脹脛を蹴りつけてくる奴だ。

 文化際の時も尻を蹴り上げられた。

 その他にも、他の女子と話すと露骨に機嫌が悪くなる……もとい泣きそうな顔をする奴だ。


 なるほど。


『なぁ、聞いてんのか?』

「なんだっけ?」

『やっぱ聞いてなかったのかよ。だから、今からちょっとゲームでもしないか?って聞いてるんだよっ』

「……」


 頭がおかしいのかこいつは。

 何故日を跨いだこの時間からゲームを開始しようと思えるのか。

 しかし。


「まぁ、ちょっとだけな」

『やった! 大好き! ……あ』

「……」


 こんな可愛い彼女の頼みを俺は断れない。

 そんな自分にため息を吐きながら、ゲームの支度を整える。

 スピーカーにしたスマホから漏れる瑠汰の鼻歌に、つい笑みがこぼれてしまうのがダメなところだ。

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