第77話 ちょっとゲームでもしようぜ

 光南高校は課題こそ多くない。

 基本的に全教科中間、期末のテスト前以外は何の課題も課されないような学校だ。

 だがしかし、だからと言って勉強をしなくて済むわけではない。

 予習・復習というあくまで自主的な学習が常に求められるのだ。

 何故なら、周りのレベルが高すぎるから。


「読めねーよこんな英文……」


 机に向かってぶつぶつ言いながら、頭を抱える俺。

 明日の英語の授業範囲の英訳がまるでわからない。


 俺や萌夏は成績首位で受験に成功したわけではない。

 元々馬鹿しかいないような中学から受験したこともあり、俺達の成績もはじめのうちは下位も下位。

 最下位から指で数えられるような順位だった。


 まぁそんな絶望状況だったのにも関わらず、隣の部屋でオタクライフを満喫している憎き妹は、今では上位に食い込むレベルまで成績を上げているが。

 逆に俺は未だ下層を彷徨っているが。


 嫌な事を考え、集中力が切れたので教材プリントとノートを閉じる。

 どうせ予習が完璧でなくとも怒られることはしない。

 ただクラスメイトに白い目で見られるだけだ。


 気分転換に部屋を出ると、ちょうど眼鏡姿の芋臭い妹に出くわした。


「なんだ、配信は見終わったのか」

「もう十一時だからね?」

「そんな時間だったのか……」


 随分勉強に時間が取られていたらしい。

 これ、受験期とかなったらどうなるんだろう。

 果てしなく真っ暗な未来にあくびが漏れた。


「暇ならちょっとゲームでもしようぜ」

「……あんた正気?」

「嫌ならいいけど」

「私もちょっとゲームしたい気分だったからいいよ」


 たまには妹をいじめるのも良いなと思っただけだ。

 だがしかし、こいつを自然に遊びに誘うのなんていつぶりだろう。

 思えば瑠汰が転校してきてから、萌夏との接点も増えた気がする。


「どっちの部屋でやる?」

「椅子は俺の部屋の方がマシだけど、モニターがな」

「じゃあ私の部屋でやろっか。ベッドに二人で座ればいいし」

「お前、俺がベッドに座るの嫌じゃないのか?」

「あ……」


 普段なら絶対に言い出さないような事。

 意外とテンションが上がっていたのか、萌夏は指摘されて気まずそうに目を逸らした。


「まぁ別に、お風呂入ってすぐだから特別にいいよ」

「めっずらしいな。ははは」

「黙れ。イラつく。ウザい」

「はいはい」


 いつも三拍子で暴言を吐かないと気が済まないのだろうか。

 若干笑っている萌夏に、俺もつい頬が緩む。

 マジで普通に遊ぶのなんて久しぶりだ。


 部屋に入ると先程まで配信を見ていたらしく、ヘッドホンが放置されていたり、制服やバッグが散乱していた。


「汚いな」

「死ね」


 どすっと肘でわき腹を刺され、俺は死んだ。

 膝から崩れ落ちる俺に、萌夏は慌てる。


「あ、ごめ――」

「死ねって言う割に心配するんだな」

「……あんたに何かあったらお母さんに怒られるじゃん」

「そこかよ」


 可愛くない妹だ。

 今は眼鏡姿で格好も中学の頃の体操着姿と、昼間の三咲萌夏の面影はない。

 こんな一面が漏れれば、すぐに学校一の美少女の称号は瑠汰に譲られる事だろう。


 二人でゲームをしながら、俺は口を開く。


「今日席替えしたんだよ」

「ふぅん」

「そしたら瑠汰と離れちゃってさ」

「あっそ」

「随分素っ気ないんだな」

「兄の惚気ほど生理的嫌悪感を覚えるモノはないでしょ」

「それもそうだな」


 俺は一位を走る萌夏に赤甲羅をぶち当てて抜かす。


「チッ。これだから運ゲーは」

「まりおかーとにイライラしてたら終わりだろ」

「黙れハゲ」

「だからハゲてねぇって言ってんだろ馬鹿」

「あんたより成績良いけど?」

「ッ……!」


 タイムリーな言葉に、つい言葉が詰まる。

 だから話題を戻す事にした。


「でさ、今隣の席が与田さんになったんだよ」

「与田? よかったじゃん。数少ない知り合いでしょ?」

「まぁな。今日も一緒に昼飯食べたぞ」

「それはキモすぎ。あんたも与田も」

「言いすぎだろ……まぁ俺も同感だけど」


 どうも与田さんの行動にはついていけない時が多い。

 彼女のイケイケオーラに気後れしてしまうのだ。


「ってかお前と与田さんって接点あるのか?」

「友達の友達~的なノリで気づいたら仲良くなってた」

「凄いな」

「私からしたらあんたの方が凄い。結局未だに友達0人でしょ?」

「与田さんたちは、友達って言ってくれてるぞ」

「そういうお情けじゃなくて。まぁあんたには可愛い彼女がいるからアレかもしれないけどね」


 萌夏はそう言うと、俺に向かって器用にバナナを当ててくる。

 そして再度順位を逆転させてゴールした。

 俺の負けだ。


「でもあんた、気を付けた方がいいよ」

「はぁ?」

「瑠汰は思ってるより脆いと思う」

「……はぁ?」


 謎の言葉を残す萌夏に、俺は首を傾げる。

 と、彼女はそのまま立ち上がった。


「二勝三敗。負けてるのは気持ち悪いけど、勝ち逃げしておく。今日は終わり」

「俺が後味悪いんだけど」

「別にあんたを気持ちよくさせようと思ってプレイしてあげたわけじゃないし」

「……言い方酷いな。下ネタにしか聞こえない」

「あんたがなんでも変な取り方するからじゃん。これだから童貞は……きっも」

「彼氏すらできた事ない奴に言われたくないぞ」

「ほんっとに最低」


 やや強引に部屋から閉め出される俺。

 萌夏は面倒くさそうに俺を見て言った。


「また今度相手してあげるから」

「遊んで欲しいのか」

「……」


 調子に乗ったら無言で部屋を閉められた。

 気が短い奴だ。

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