第76話 地味なヘアゴム

 瑠汰がぼさぼさになった髪を結び直すを見て、俺はふと思う。


 こいつ、意外と結構地味な髪留め使ってるよな。

 使い込まれた茶色のヘアゴムだ。

 まぁ思えば、碧眼だの金髪だの派手なのは生まれつきのモノだけで、本人は基本的に悪目立ちするのを嫌う人間だし、当然か。


「ジロジロ見てどうしたんだ?」

「いや、もっと可愛いヘアアクセサリーつけないのかなって思ってさ」

「何言ってるんだ君は」


 瑠汰はため息を吐いて続ける。


「アタシみたいなのがそんな調子乗ったのをつけてたら、怖い女子達に目を付けられるに決まってるだろ」

「……」


 こいつはなんなんだろう。

 俺の事を卑屈だなんだという割に、自分も大したものだと思うんだが。

 実際、瑠汰を嫌っている奴なんて聞いたことがないし、ゴリゴリの陽キャとかそういうキャラではないが、多くの人に愛されていてはいる。

 しかもこの容姿だ。

 誰も何も思わないだろうし、むしろ可愛いと思うだけだと思うが。


「萌夏だってヘアピンとかつけてるし」

「だーかーら! 萌夏ちゃんとアタシじゃ校内カーストが全然違うし。そもそも萌夏ちゃんほど可愛くもないのに」

「お前の方がどう見ても可愛いだろ」

「ぅぅぅ……それは嬉しいんだけどさっ」


 瑠汰は俯いて自嘲気味な笑いを漏らした。


「やっぱりコンプレックスなんだよな。アタシは純粋な日本人らしい容姿の萌夏ちゃんが羨ましいんだよ。劣等感もあるし」


 過去に何があったのかはわからないが、彼女にとって自分の容姿は欠点なのだろう。

 俺にだって地雷はあるし、付き合っているからと言って踏み込んで良い領域とそうでない領域があるってのはわかる。


「ごめん」

「謝らないでいいぞ。アタシこそ空気ぶち壊してごめんな」

「気にすんな。それより、家着いたけど」

「あ……」


 話し込んでいるうちに、瑠汰のマンションまで着いてしまった。

 寂しそうな顔をする瑠汰に俺は苦笑する。

 まるで今生の別れみたいだ。


「じゃあな」

「ちょ、ちょっと待てよ」

「え?」

「もうちょっと話したいんだが」

「……え?」


 制服を掴まれて止められる。

 彼女の顔は、照れているのか寂しがっているのかよくわからなかった。


「別に、明日も話はできるだろ」

「でも、もうちょっと」

「まぁ別にいいけど」


 時刻はまだ五時半だ。

 俺の家に門限なんてものは特に定められてないし、夕飯までに帰ればお咎めもない。

 しかし、珍しいな。

 こいつがこんなに直接的に一緒に居たがるのは。


 二人でマンションの階段を上り、部屋の前に着く。

 鍵を開けて入れてくれるのかと思いきや、何故か部屋の前でバッグを置く瑠汰。


「何してるんだよ」

「いや、中汚いから」

「……」


 まさかこのスペースで話す気だろうか。

 幸い角部屋であるため通行の妨げにはならないが、そういう問題ではない。


「部屋の掃除してないのか?」

「いや、そういうのじゃなくて」

「いかがわしいものが散乱してるのか?」

「べ、べべべ別にそういうわけじゃないし!? キモい詮索してくるななんだが? 童貞は人聞きの悪い妄想が捗って楽しそうだななんだわ」

「日本語喋れよ」


 久しぶりに童貞いじりをされたなぁなんて思いながら、苦笑する。

 バレバレな誤魔化しなのに、本人は隠しきれていると思ってそうで怖い。

 しかし、いかがわしいものか。

 一体何だろう。すごく気になります。


「明日の数学予習しないとな」

「げ、アタシ当てられそう」

「もう俺は隣じゃないから、自分で頑張れよ」

「むぅ。君は隣とも仲良くやれてそうだよな」

「与田さんか。どうなんだろうな」


 面倒な事になる予感しかしない。

 そもそも陽キャの近くにいると、色んな人間が周囲に集まって気が張る。

 慣れない環境だ。


「はぁ、やっぱり瑠汰と隣が良かったなぁ」

「恥ずかしい事言ってくるなよ」

「もうちょっと一緒に居たいとか言ってた奴が何言ってんだ」

「……それもそうだな」


 幸せオーラ全開の笑みを向けられ、ドキッとした。

 三年前より、お互い良い感じに付き合えている気がする。


「て、てか。本当にいかがわしいものなんてないからな。ただ食器片付けてないだけで……」

「片付け手伝おうか?」

「やめろ!」


 顔を赤くして叫ぶ瑠汰からは、何が真実なのかイマイチ把握できなかった。

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