第75話 聞こえている

 無事漏らすこともなく用を足して男子トイレを出ると出待ちにあった。


 男子トイレ前に仁王立ちする黒髪ツインテール。

 腕を組んで目を瞑る様はちょっと威張っている。


「女子トイレは隣だぞ」

「知ってるに決まってるだろっ」


 なるほど。

 故意的な犯行なのか。


「おまわりさんこっちです」

「人を変質者扱いしないで欲しいんだがっ?」

「男子トイレ前に仁王立ちなんて変質者だろうが。逆のシチュエーションを考えてみろ」

「君が女子トイレ前で仁王立ち……事案だな」

「だろ?」


 言いながら何の会話をしているのかわからなくなった。

 廊下でだらだら話すのも人目が気になるため、俺は教室に帰る。

 瑠汰はそんな俺についてきながら話しかけてくる。


「今日一緒に帰る約束なんてしてなかったじゃん」

「……聞いてたのか」

「べ、別にたまたま通りがかっただけだからな。後をつけたわけじゃないし?」


 誰もそんなこと聞いてないのだが。

 しかもわざわざ言ってくるのが恐ろしい。

 まさか本当に尾行でもしていたのかと気になる。


 とまぁ冗談はさて置き、どうやら先程の陽キャ女子に絡まれていたのを聞かれていたらしい。

 別に聞かれて困るようなことはないが、少し気恥しいな。


「だって今までほぼ毎日一緒に帰ってるんだから、約束してるのと変わらないだろ」

「まぁそうなんだけど。君からすんなりその言葉が聞けたのが嬉しかったって言うか?」

「嬉しかったのか」

「あ、ちが。今の無し……いや、それも無し」


 何が言いたいんだこいつ。

 ひょこひょこ跳ねながら喋る瑠汰に、ツインテールが遅れて靡く。

 わざわざ喜びを伝えようと俺がトイレを終えるのを待っていたのだろうか。

 可愛いな。


 教室について荷物をまとめ、俺達は一緒に教室を出た。

 廊下や階段、玄関口で生徒の視線を若干集めるが、慣れっこになった。

 特に同学年では俺達が付き合っているのは周知の事実だからな。


 校門を抜けると、瑠汰は苦笑しつつ口を開く。


「席離れちゃったな。最悪だよ」

「朝は平気って言ってたのに」

「やっぱやだ」


 瑠汰はそのままジト目を向けてきた。


「君は楽しそうだけど」

「まぁ、数少ない知人を引けたから」

「昼休みも新しい女の子と話してたし?」

「新しいって言うな」


 人聞きが悪すぎる。

 まるで俺が女を侍らせているみたいじゃないか。


「与田さんに鳩山さん、それにあのポニテのおっそろしいリア充女子! 君はこの学年のカースト上位女子ばっかり仲良くなってどうするんだ? 裏ボス志望なのか?」

「なんだそれ。でも確かに、一番腹黒い奴との繋がりもあるしな」

「ほんとだよ」


 中の事はよくわからないが、二年間の高校生活において、俺達の学年のトップオブザカーストに君臨しているのは恐らく萌夏だ。

 容姿はもちろん、コミュ力などの総合値が強すぎる。

 あいつに誰かが敵対しているといったたぐいの噂は、聞いたことがない。


 ただ、その地位が揺らぐとすれば。


「……今のところバレてないっぽくてよかったな」

「あぁ」


 奴が抱える爆弾が周囲に知られること。

 もとい俺との関係がバレることが奴の一番の危うさだ。


 週末のハプニング。

 夢乃の出現によりどうなる事かと思ったが、一応今日の所は情報の漏れは確認できなかった。

 しかし、油断は禁物である。


「俺と萌夏の苗字について、新山さんたちに聞かれたからな。油断はできない」

「そうなんだ?」

「あれ? さっきの会話聞いてたんじゃないのか?」

「まさか、ちょっと聞こえただけだよ。君がアタシの事大好きなんだなーってわかったから、それ以上は聞かなかったぞ?」


 本当に尾行はしていなかったようだ。


 と、にまにまと笑顔を張り付かせた顔に、若干のイラつきを覚える。

 どうしてこいつはこんなに可愛いんだ。

 なので、昼間の事を思い出してやり返してやった。


「あ、やめろぉぉ。髪ぼさぼさになっちまうだろうがッ!」

「お前がさっきやってきたんだろ」

「それは君が……もぉぉぉぉ!」

「馬鹿、暴れんな!」


 頭をわしゃわしゃしてやると、やり返してこようと瑠汰も奇妙な動きで応戦してくる。

 おかげで両者ともに髪の毛はぼさぼさ。

 もっとも、俺は短髪なためそこまでの被害でもないが。


「はぁ、はぁ……背、伸びたんだな」

「そいうやそうか。前にお前と付き合ってた時より10cmは伸びたからな」

「……生意気だな。あの頃からアタシは2cmしか伸びてないってのに」

「いや、その代わり――」


 彼女の身体を見て言おうとするが、デリカシーに欠けると思って黙る俺。

 しかし彼女はそんな俺にふふんとウザったらしく笑いかけた。


「その代わり、なにかな?」

「……なんでもない」

「素直じゃないなー君は!」


 あははと笑い声をあげる瑠汰に釣られて俺も苦笑する。

 今日は今まででも接する時間が異様に短かったが、やはりほかのどの女子より、こいつといる時間が断トツで楽しいな。


「……あはは。楽しいなっ」

「そうだな」

「聞こえてたのか!?」

「……はぁ?」


 ビビりあがる瑠汰に苦笑しながら、下校は続く。

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