第74話 カラオケに行こうぜ

 放課後になって、トイレに行くのに廊下を歩いていた。

 すると何やら女子の揉めている声が。

 面倒ごとに巻き込まれるのは厄介なので、お得意の空気君になりきってスルーしようと試みる。

 しかし。


「お、三咲君じゃあないですか」

「鳩山さんか……」

「なにその残念そうな顔。そりゃあたしは碧眼でもツインテールでもないけどさ」


 まさかの知り合いだった。

 と言っても大して仲も良くないはずだが、何故か話しかけられる。

 こうなれば無視して逃げる訳にもいかないので、俺は仕方なく面倒ごとに巻き込まれることにした。


 肩までのセミロングの髪を靡かせながら、鳩山さんがむぅと唸る。

 それに伴ってもう一人の女子が口を開いた。


「さっきのナルシス陰キャじゃん」

「新山さんもいたのか」


 ポニーテール陽キャ女子、新山紗樹も一緒だったらしい。

 二人は困ったような顔をしている。


「何かあったのか?」


 とりあえず無視するわけにもいかないのでそう聞くと、鳩山さんが答える。


「今日の放課後ね、三人でカラオケ行こうとしてたの。あたしと紗樹と、萌夏と」

「そしたら萌夏の奴が断りやがってさー」


 あの忌まわしき妹か。

 そういえば、今日はゲームの大会配信を見るからご飯のタイミングをずらして、などと朝言っていた気がする。

 全くわがままな奴だ。


「でも高まった気持ちは抑えらんねえですから」

「あと一人欲しいよねって話してたの」

「なるほど」


 要するに人員補給したいのか。


「友達多いなら誘いに行けばいいだろ」

「何を仰いますか三咲殿。基本的に皆部活ですのよ」

「そうか……ってかなんなんだその口調」

「ツッコんだ方が負けだよ」

「……」


 新山が言うと、鳩山は変な笑みを漏らす。


 話は分かったが、俺にはとても関係のない事だった。

 これ以上用もないので別れを告げようとする。

 なんなら膀胱も限界だ。

 しかし。


「ね? 暇なら一緒に行かない?」

「ちょ、亜里香何言ってんの!? こんなキモい陰キャとカラオケなんか行きたくないんだけど!?」

「……」


 鳩山さんのぶっ飛んだ発言に、俺が何かを言う後隙は無かった。

 信じられないと言わんばかりの勢いで新山さんがツッコむ。

 なお、俺への攻撃力は絶大だった。


「へ? キモくないよ」

「あんた前からおかしいと思ってたけど、流石にないわ」

「そう? でもあたしは好きだよ。三咲君のこと」


 文化祭二日目の記憶がよみがえる。

 付き合える、嫌いじゃない、とあの時も確かに言っていた。

 そして同時に、俺の彼女のふてくされた顔も思い出す。

 ついでに脹脛に受けた衝撃も。


「鳩山さん、誘ってもらって悪いけど遠慮しておくよ」

「なんで?」

「いや、今日も瑠汰と帰る予定あるしさ。そもそも昨日瑠汰と行ったばっかりだし」

「……」

「鳩山さん?」


 何故か無表情で黙り込む鳩山さんに首を傾げる。

 しかしすぐに元に戻った。


「……そだねっ。無理言ってごめんね~」

「お、おう」


 一体何の間だったのだろうか。

 と、思っていると。


「ってかさ、よくよく考えたら三咲君も萌夏も苗字一緒じゃね?」

「……」


 新山さんに変なところをつかれ、俺は固まってしまった。


「さっき教室行ったときに名前見えたけど、漢字も同じでしょ? 親戚か何かなの?」

「確かに、あんまりある苗字じゃないよねー」


 同調する鳩山さんに、俺はどんどんと追い詰められている感覚に陥る。

 この先は崖だ。

 落ちると間違いなく死ぬ。

 仮に運よく生き延びようが、下で待ち構える胸の小さな猛獣に食い殺されるだろう。


 しかし冷静になれ三咲鋭登よ。

 今までだって同じ窮地に立たされたことがあったはずだ。

 あの時は確か……。


「俺と三咲萌夏さんに血の繋がりなんてあるわけないだろ? それでこんなスペック差が生まれるわけがない」


 自傷行為に等しい自虐をかますと、二人の女子は黙る。

 そして。


「「確かに」」

「ははは。そうだろー?」


 泣いてなんてないやい。

 鼻水を啜りながら、俺は二人を背にして目的地に向かう。


 とりあえずこうしてまた、一難を乗り越えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る