第73話 愛され過ぎている

「午後の古典の予習やった?」

「一応やったけど」

「じゃあ見せてよ。確認したいから」

「……あ」


 瑠汰を目で追っていると与田さんに声を掛けられる。

 そしてノートを奪われた。

 こういう有無を言わさない感じは、やっぱり陽キャって感じだな。


「あ、意外と字綺麗」

「そうか?」

「いや、そうでもないっぽい」

「おいこら」


 失礼な事を言われたのでノートを奪い返そうとした。

 しかし行動を読んでいたかのように空かさず牽制してくる。


 彼女はそのまま自分のノートと見比べてチェックをし始めた。


「さっき瑠汰ちんのこと目で追ってたでしょ?」

「あ、まぁ」

「ほんとに仲良いね」

「おう……」

「何その返事。マジでコミュ障みたいで笑えるんだけど」


 ケラケラと笑い声をあげる与田さん。

 彼女は確認を終えたのか、俺にノートを返して口を開く。


「愛され過ぎて羨ましいよ、あの瑠汰ちんに」

「まぁ確かに、萌夏……さんに並ぶ二大美少女だもんな」

「そうだよー。ってかさ、ちょくちょく萌夏って呼び捨てにしそうになるのなんで?」

「……ッ!」


 文化際の時など、いつもつい萌夏と呼び捨てにしそうになっていた。

 ツッコまれないから気にされていないと思っていたが、やはりバレていたか……


 なんと説明したものか。

 こちとら十七年も同じ家で暮らしてきたわけで、下の名前で呼ぶのが当たり前だからな。


 悩んでいると、与田さんはニヤニヤと覗き込んでくる。


「みんな萌夏って呼んでるし、三咲君も呼びたかったの?」

「……そうだよ」

「マジ!? 冗談で言ったんだけど」


 この際恥ずかしい勘違いを受けようが構わない。

 あいつとの関係がバレる方がマズいからな。

 つい一昨日にあんな危機に瀕したこともあり、俺も少し神経質になっている。

 萌夏には瑠汰の方が大事だから――なんて啖呵を切ったが、あいつとの関係もできるなら隠し通したい。

 ロクな事にならないのは過去の経験で実証済みだ。


「なんか可愛いね、三咲君」

「そうだろ」

「キモ~」

「……」


 同じキモいでも、萌夏のと違って柔らかい。

 ちょっと癖になりそうな感覚だ。


「で、そんな事はさて置き、問題は教室前方のおっぱいちゃんですよ」

「誰だよそれ」

「朱坂瑠汰氏ですよ」

「……他人の彼女におっぱいちゃんとか言うな」


 そんな単語を出されると、つい昨日の感触を思い出してしまう。

 学校で変な事を思い出させないで欲しい。


「まぁまぁ。でもさ、思ったより深刻だよあれ」

「何が?」

「いやぁ、今に分かるよきっと」

「……はぁ?」


 意味深な事を言う与田さんに俺は首を傾げる。

 瑠汰に何があるのだというのだろうか。


「あーぁ、私も彼氏欲しいな」


 唐突にそんな事を呟く彼女。


「欲しいって、与田さんならすぐできるだろ」

「なに? もしかして私の事口説いてんの? マジでプレイボーイだったんだね。前から怪しいとは思ってたけど」

「心配しなくても与田さんには毛ほどの興味もない」

「あはは。ブーメラン返ってきた~」


 朝言われた事をしっかりお返ししたところで、お互いに笑い合う。


「ま、確かに作ろうと思えば作れるかも」

「ほら見た事か」

「でもいい男いないじゃん?」

「知らねえよ。ダメな男筆頭の俺に聞くな」

「光南二大美少女のうち一人と付き合ってる男がそんな事言うの?」

「関係ないだろ」


 あいつとは本当にただ運がよかっただけだ。

 偶々三年前にゲームを介して付き合っていて、再会できて。

 とんでもない確率ゲーである。

 俺のスペックとは無関係の結果に過ぎない。


 と、そういえばもう一人の二大美少女とも縁があるんだった。

 俺の周りって美少女だらけだな。

 不本意だが。


「ま、でも確かに全然タイプじゃない」

「……そりゃよかった」


 タイプなどと言われても困るだけなのに、何故かちょっとショックだ。

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