第72話 ナルシス陰キャ

 その日の昼休みのこと。

 俺はいつも通り自分の席で弁当を食べようとする。

 だがしかし。


「何故俺を見ている?」

「なんとなく」

「……居心地悪いんだけど」

「じゃあ私もご飯食べよー」


 紙袋からサンドイッチを取り出す与田さん。

 手作り品らしく、結構美味そうだ。

 じゃなくてッ!


「ここで食うのか?」

「勿論。自分の席で食べてなんか問題ある?」

「いや……」

「あ、もしかして瑠汰ちんと隣同士で食べたかった的な? お前邪魔だから消えろよオラオラ系?」

「違う」

「そういえば瑠汰ちんいないけど」


 教室最前列窓際の席に、瑠汰の姿はない。

 というか、昼休みは基本的にいつもいない。


「なにしてんのかな」

「一緒に食べてあげなよ」

「一緒に食べたいなら向こうが誘ってくるだろ。だって俺、ずっと隣の席でぼっち飯してたんだぜ?」

「なるほど」


 と、与田さんは首を傾げる。


「それにしても、どこにいるのかな」

「さぁな」


 毎回昼休みになると消えるのだ。

 弁当を持ってきている風はないし、大方購買でパンでも買っているのだろう。

 そのままどこかで食べていると。

 この学校は中庭とか、教室以外にも飯を食うスペースはあるからな。


「恥ずかしくて誘えないだけなんじゃないの? 瑠汰ちんシャイじゃん」

「……」


 シャイか。

 果たしてただ恥ずかしがりな奴が、自分の胸を強引に触らせたりするだろうか。

 あいつは言動やテンションがその時々で変わり過ぎなため、イマイチよくわからない。


 なんて話していると。


「やほ~、与田」

「あ、紗樹じゃん」


 知らない女子Aが現れた。

 着崩した制服、何重にも折って短くしただろうスカートから見せる膝。そしてポニーテール。

 うわぁぁ、陽キャのテンプレだ。


 紗樹と呼ばれた女子はそのまま前の席を躊躇なく奪ってがに股で座る。

 隙間から中が見えそうだったため、瞬時に目を逸らした。


「席替えしたん?」

「そうそう。今朝は大盛り上がりだったよ~」

「盛り上がるような席なの?」

「ッ!」


 弁当を食べていた俺は今、明確に視線を受けた。


 『盛り上がるような席なの?』

 それは要するに、隣の奴ハズレじゃね? という意味。

 久々に心にグサッときた。

 慣れていたはずなのに、瑠汰をはじめとして最近は色んな人の優しさに触れたせいで、忘れていた。


「何言ってんの。最高だよこの席。ね? 三咲君」

「え、俺?」

「このクラスに三咲君なんてお前しかいないだろっ!」

「それはそうだな」


 急に話を振られたのでちょっと驚いた。

 と、驚いたのは俺だけではなかったらしい。


「は? 仲良いの?」

「当たり前じゃん。紗樹知らないの? 朱坂瑠汰の彼氏」

「あー、そういえばそんな名前だったような。この人だったんだ」


 品定めするような目で見られる。

 凄く居心地悪い。


「ふーん」

「あ、今興味なくした」

「だって陰キャじゃん」

「……」


 ヤバすぎだろ最近のJK。

 本人目の前にいて悪口とか、神経ぶっ飛んでんじゃねーのか?

 流石にイライラしてきた。


 そんな態度に与田さんも思う所があったのか、笑顔で続ける。


「私も最初は空気みたいにしか思ってなかったけど、案外面白いんだよ。ね? 三咲君」

「……」


 どんなフリなんだと思った。

 つい勢いで、『俺なんか別に面白くないだろ』と言おうとした。

 しかし、それでいいのか?


 与田さんのせっかくのフォローが台無しにならないか?

 少なくとも俺の事をよく見せてくれようとしているのに。


 そもそも俺の目指す先は脱陰キャ。

 卑屈キャラのままでは到底かなわない夢だ。

 仕方がない。いくぞ、ポジティブモード!


「は、はは。俺面白いんだよ」

「……自分で言う? 普通」

「……」


 悩んだ挙句の果てに俺が出した言葉は、我ながらあり得なかった。

 しかし。


「あっはは! そうだよ三咲君! こういうボケもマジ最高!」

「あぁ、そういう系? ナルシスト的な。確かにちょっとウケる」

「……」


 物凄く心外な事を言われたが、若干視線が柔らかくなった。

 与田さんがなんにでも笑ってくれる人で助かる。


「おっけ。ナルシス陰キャね」


 頷く彼女は最悪な二つ名をつけてきながら、そのまま名乗る。


「三組の新山にいやま紗樹さき

「俺は一組の三咲鋭登」

「一組って、ここにいるんだからそんなのわかってるし」


 そこでようやく新山は笑顔を見せた。

 一応お眼鏡にかなったようだ。


 そのまま去って行く彼女。


「紗樹は元原の彼女なの」

「あぁ、そういえば」

「そそ」


 なるほど、確かにそんな名前を聞いた記憶があるような気がする。


 と、再び弁当を食べようとして凍り付くような視線を感じた。

 恐る恐る横を見ると、無表情の瑠汰が。

 いつからいたんだこいつ。


「よう」

「ッ! よう、じゃねーんだわ」


 何故か頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。

 どういうことだよ。


「なにやって――」

「ただのマーキングだし」

「……は? トイレに行って手を洗わず、それを今俺の髪につけたってことか?」

「君って結構頭おかしいよな。アタシとタメ張れるよ」


 一応自分の思考回路がバグっていることは把握しているらしい瑠汰ちゃん。

 しかし、机に頭をぶつけるのが特技の子に同等と言われるのは流石に心外である。


「じゃあな」

「お、おう……」


 去って行く彼女の背中を見ながら、間抜けな声が出た。

 何だったんだ一体。

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