第70話 ツンデレ

「っと、なななな何か歌おうぞ!」

「なんだその口調」


 急に恥ずかしくなったのか、真っ赤な顔で小刻みに揺れる瑠汰。

 先程までの大胆さはどこにいったのか。

 もはや俺の方が冷静になってきてしまった。


 持ってきてもらったレモンソーダを一口飲んで、スマホを見る。

 まだ入店して十分も経っていないらしい。


「じゃ、じゃあアタシから行くわよ!」

「だからなんなんだその口調は。キャラ違うだろ」

「う、うっさいな。文句しか言わないのか君は」

「……ごめん」

「あ、謝らないで欲しいんだが?」


 そんなこんなで俺達はカラオケを楽しんだ。



 ‐‐‐



「本当に音ゲーしてたな」

「う、うっさいし」


 夕方、店を出て俺は笑う。

 隣の瑠汰はカーディガンの裾をにぎにぎしながら、そんな俺を睨んだ。


 瑠汰の歌は、上手いと言えば上手かったが、少し変だった。

 採点機能をずっとつけていたが、その点数は90点を超えたりと高め。

 しかし。


「やっぱ萌夏ちゃんみたいにはいかないなー」

「この前のあいつは異常だっただけだぞ」

「表現力って何なんだ一体」

「その名の通りだろ」

「音ゲーのくせに生意気だよな、あのAI」


 カラオケを音ゲーと思っているのがそもそもの間違えなんですがそれは。

 ふてくされたような顔の瑠汰は、ぶつぶつAIに文句を言っている。

 ずっと表現力減点されていたのが原因だろう。


「なんかリズムと音程を如何に合わせるかに焦点を当ててたよな、お前。途中何言ってるかわかんなかったし」

「ぼ、ボカロは人間の口では歌えんやろがい」

「歌い手の存在を消した?」

「……今日は一段と意地悪だな」


 涙目で見てくる彼女は可愛い。

 自身のツインテールを両手で弄りながら、歩みを進めた。


「でも楽しかったよ。ありがとう瑠汰」

「ちょ、急にやめろよ」


 思えば二人っきりでデートなんていつぶりだろうか。

 瑠汰が転校してきてから、彼女の家に遊びに行ったり毎日下校をしていたりと案外一緒に居ることが多かったが、少し違うだろう。

 やっぱり私服でのお出かけってのは特別感がある。

 それも彼氏彼女の関係でってのがミソだな。


「黙り込んでどうしたんだ?」

「いや、お前とのデートって久しぶりだなー。俺達また付き合い始めたんだなーって思ってさ」

「なんだよそれ」


 瑠汰は車の通りを眺めた。


「昔を思い出すよな。あの頃はまだアタシが金髪ロリでさ」

「自分で金髪ロリとか言うなよ」

「だってそうじゃん? 属性的にはさ」


 どこまでもうちの彼女は陰の者か。

 言い回し全てに体の中のどこかがぞわぞわする。

 共感性羞恥って奴だ。


「でも三年前って、ゲーセンとかゲームショップとかしか行ってなかったよな」

「……なんかごめんな」

「いやいいんだよ。アタシたちにとってはそこがデートスポットだった。そうだろ?」


 当時の俺は何を考えていたんだっけか。

 あんまり覚えてないな。


「今度はもっとそれっぽいとこ行こうな」

「あはは。なんだそれ。背伸びしなくてもいいぞ」

「ッ! お前って意外と棘あるよな」

「べ、べべ別に嫌味じゃないし? そもそも君が頑張って友達作ろうとしてるのとか知ってるし、そういう頑張ってるとこ大好きだから」

「……え?」

「あ」


 落ち着いていたのに、一気に頭が沸騰するのが分かった。

 全身が熱い。

 隣で俯くツインテールが涼しげだ。


「えへへ」

「……」


 見た目は結構変わった。

 金髪だった髪は黒染されて見る影もなく、顔だって大人びて綺麗になった。

 当時はまな板だった胸も育ち、めちゃくちゃ柔らかくて。

 全身真っ黒なスポーツウェアで色気の欠片もなかった服装も、今ではこんなに女の子らしくなって。


 でも、中身は変わってない。

 いくつになってもあほで、抜けてて、ツンデレで。

 そんな瑠汰が、ずっと大好きだ。


「手、繋ごう」

「え、いいの? あ、間違えた。君がそう言うなら仕方ないな!」

「はいはい」


 右手で彼女の若干手汗で湿った手を握る。

 ぺとっとした感覚だが、これはこれでいい。


「は、恥ずかしいな。握り潰していい?」

「ふざけんな馬鹿。そのツインテールむしり取るぞ。お前の家に着くまで我慢しろ」

「……送ってくれるんだ」

「何か言った?」

「家までついてくんなばーか」

「はは」


 笑ながら悪態をついてくる瑠汰に苦笑しながら、俺達は帰った。


 また近々、今度は俺からデートに誘おう。

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