第68話 君の事、信用してるから

 翌日の昼時、とある場所で立っていると待ち人がやってきた。

 もう十月に入るというのに、日差しがまぶしい。


 待ち人であるツインテールはやや息を切らしながら走ってきた。


「ご、ごめん待った?」

「五分くらい」

「……それこそ今日は今来たところって言えよ」

「アレンジを加えたつもりだったんだけど」

「待たせてごめんな。暑くなかった?」

「気にすんな」


 仮に灼熱の中だろうが待つさ。

 だって相手は大好きな彼女なんだもの。


 と、もじもじしている瑠汰を眺めていると気づく。


「ってか、この前打ち上げで選ばなかった方のコーデで来たんだな」

「あ、わかった?」

「似合ってるよ。すげえ可愛い……あ」

「ッ! ちょ、まだ店先だぞ? ……そういうのは中で」

「中で何する気なんだよ。摘まみ出されるって」


 せっかくの良い感じの雰囲気をぶち壊す通常運行の瑠汰。

 俺は苦笑しつつ、今日の戦場を見る。


「で、何でカラオケ?」


 そう、ここはカラオケの前。

 昨日突然呼び出されたわけだが、目的地はカラオケだったのだ。

 てっきり瑠汰の家でゲームでもするのかと思っていたため、昨日メッセージを貰った時は驚いた。


 瑠汰は俺の問いに対し、恥ずかしそうに青いカーディガンのポケットに手を突っ込む。


「音ゲーの気分だったからさ」

「……お前、今歌を冒涜したな?」

「なんてこと言うんだよ! カラオケは音ゲーだろ」


 絶句する俺に、瑠汰は自慢げに指を折っていく。


「音程はもちろん、リズム、ロングトーン、ビブラートによるスコア表示。これを音ゲーと呼ばずしてなんと?」

「……」

「人の事を痛い子みたいに見ないで欲しいんだが?」

「……」

「な、なんか言えよ。恥ずかしくなってきたんだわ。……いやその、なんか言ってください」

「ははっ」


 唐突に下手に出てきた彼女に吹き出した。

 やっぱりどこかおかしな奴だ。


「まぁ入るか」

「よっしゃ!」


 まるでカラオケデートとは思えない掛け声を聞きながら、俺達は入店した。



 ◇



「なーに歌おっかなー。ってあれ、黙ってどうしたの?」


 個室に案内されてからもニコニコとハイテンションでタブレットを操作する瑠汰を、俺はじっと眺めていた。


「いや、なんでもない」

「なんだよそれ~。あ、密室で興奮しちゃったとか?」

「お前の家に二人きりで入った事もあるし、なんならベッドにまで寝かせてもらってるのに、今更カラオケごときで挙動不審にはならないだろ」

「なんかやけに固いけどどうしたんだ? ……もしかして楽しくない?」

「いや、違うんだ」


 いつまでも言いたいことを黙って、気まずくなるのも良くない。

 俺は思い切って頭を下げた。


「ちょ、なにして――」

「昨日は変な事に巻き込んで悪かった! 寂しい思いさせたよな。マジでごめん!」

「え、いや……」

「でも気にしないでくれ。俺はその、瑠汰の事が大好きだから」


 めちゃくちゃ恥ずかしい。

 面と向かって大好きだと伝えるのは二回目だが、やはり学外の密室で言うのはわけが違うな。

 あ、意識したらやばい。

 さっきあんなにドヤ顔で挙動不審にはならないとか言ったくせに、足が震えてきた。


 と、不意に笑い声が聞こえる。

 顔を上げると瑠汰は悪戯な笑みを浮かべていた。


「そんな事か。気にしなくてもいいのに」

「え、でも昨日は悲しそうな顔してただろ」

「あれは君がアタシの事嫌いになったと思ったとかじゃなくて、単に他の女の子に言い寄られてるのが見てて嫌だったって言うか……あ、ち、違うぞ!?」

「……はぁ?」

「別に嫉妬してたわけじゃないし!? ただ鼻の下伸ばしてた君にイライラしたんだよ!」

「じゃあやっぱり謝るよ。ごめん」

「んぅぅぅぅっ! 違くて~。もう! マジでなんでこんなにアタシはアホなんだ?」

「知るかよ」


 というか、アホとかそういうレベルじゃないぞ。

 もはや何を仰られているか理解できないんだもの。

 ただまぁ。


「そっか、そっかぁ……」

「君の事、信用してるから」

「うん」


 青色の目を細めて笑う彼女。

 若干薄暗い部屋の照明が、絶妙な雰囲気を演出している。

 幸せ者だ、俺は。

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