第67話 フォローすべき相手

「終わった。人生終了のお知らせキタコレ」

「瑠汰みたいな口調になってるぞ」

「黙れ」

「……」

「なんか言え」

「そんな傍若無人な」


 学校から帰ってきてそのまま、カーテンも窓も閉め切った陰気な空間。

 そんなリビングのソファに萌夏は足を抱え込んで座っている。


「迂闊だった……」


 抑揚のない声で呟く妹に、俺も頭を掻く。


 確かに迂闊だった。

 光南生だけの前で俺と萌夏が一緒に居るのはそこまで問題じゃないが、誰が来るかもわからない場所に二人揃って立ったのは大きなミスだ。

 知り合いが来る可能性はあったのに。

 完全に失念していた。


 丁度瑠汰と付き合い始めた直後の出来事だったことや、文化祭での成功。

 そして意外と萌夏との関係がバレなかったことなどから完全に気が緩んでいた。


「ごめん。俺が勝手に出しゃばったせいで」

「あんたのせいだけじゃないでしょ。私も悪い」

「……」


 いつもみたいに罪を全部擦り付けてこないあたり、ガチ感が増して怖い。

 おかしな話だ。


「あの後、何か話したのか?」


 萌夏は夢乃を次のイベント会場まで案内してあげていた。

 失恋直後に当の俺や瑠汰と一緒に居続けるのは酷だろうという判断によるものである。


 彼女は疲れた顔で俺を見た。


「別に」

「なんだよそれ」

「あんたには関係ないでしょ。振ったんだから」

「うッ!」


 強烈な右ストレートを見舞われる。


「ショックなのはあんたより向こうでしょ」

「……」


 若干嫌な記憶を思い起こさせる言葉に、俺は顔を顰めた。

 そんな俺に言及するつもりはないのか、萌夏は俺から視線を外す。

 そして。


「ねぇ、どうする気だったの?」

「え?」

「最後の条件」


 最後の夢乃の悪戯な表情が蘇る。


『鋭登君がわたしと付き合ってくれたら、黙っててもいいよ?』


 とんでもない条件を突きつけてきやがった。

 要するに妹を取るか、彼女を取るか。


 しかし迷うまでもない。

 俺はぶっきらぼうに答えた。


「そんなの、瑠汰を取るに決まってるだろ」

「……」

「瑠汰の気持ちを踏みにじるようなことはしたくないし、俺もあいつと一緒に居たいんだ。お前には悪いけど、俺にとって双子は瑠汰と別れてまで隠したい事じゃない。そのくらいの覚悟がなきゃ付き合ってない。大好きなんだ」


 言っていて顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなってきた。

 なんで彼女への愛を、俺は実の妹に淡々と伝えているんだ。

 どんな拷問だよ。


「ふぅん」

「悪かったな」

「……あはは。いいんじゃない?」

「なんで笑ってるんだよ。ドМなのか? お前」

「今から確認する?」

「……遠慮しておきます」


 臨戦態勢を整える萌夏に俺は手を振って戦意がない事を証明する。


 こいつと喧嘩をするとロクなことにならない。

 殴る蹴るに加えて引っ搔いてくる奴に、俺が取れる手段はないのだ。

 下手に動くと髪が絡まって泣かれるし、叩いても泣く。

 そもそも相手は学校一の美少女で、体に傷が残りでもしたら大問題だ。

 ……いや、俺としてはこいつの骨が折れようがどうでもいいんだが、世間体がね?


 それについ最近のアクシデントの事もある。

 またあの意外と弾力のある――じゃなくて、悍ましいものに直面したら最悪だ。


「……あんた、またどさくさに紛れて胸触ろうとか考えてない?」

「前回だって狙って触ったわけじゃねえし!」

「マジになってきっも。てかやっぱり胸の事考えてたんだ? そんな忘れられない?」

「そりゃそうだろ! ……いや、あ……」

「……ッ! 死ねよマジで」

「……」


 今回の死ねに関しては、割とマジで俺もその通りだと思う。


「ほんとキモい。瑠汰にもヤバい勘違いされてるし」

「誤解は解いておかないとな」

「近親相姦とか、リアルにあったらキモすぎるでしょ。はぁ……って何黙ってんの?」

「お前が具体的ワードを出すもんだから、つい吐き気が」

「ッ! ……なんであんたがそんなに嫌がるの」

「へ? なんか言った?」

「耳鼻科行けよハゲ」

「ハゲてはないだろ!?」


 なんて暴言を放ってくるんだこの馬鹿妹は。

 しかも全く身に覚えがないし!

 遺伝子的に考えても、お父さんはふさふさだから将来安泰なのに!


 とまぁ、ふざけた話はさて置き。

 俺は真面目に座りなおして萌夏に頭を下げた。


「な、何? 急に」

「ごめん。俺が瑠汰と付き合えば、お前との関係がバレることに繋がるかもって、考えもしなかった」

「……別に。仕方ないでしょ。あんたが悪いんじゃなくて、そもそも隠し通すのが無理ゲーだったし。今回は瑠汰と付き合うとかじゃなくて、夢乃に会ったのが運の尽きだっただけだし。別に好きに付き合えばいいじゃん」

「そう言ってもらえると助かる」

「ってかあんたがフォローすべき相手は私じゃない」


 萌夏は人差し指を立てる。


「瑠汰へのフォローもちゃんとしときなよ」

「……そうだな」

「あのツインテールを嫉妬なんかさせたまま放置してたら、マジで何されるかわかんないし」

「……」


 ごもっともなのが何より恐ろしい。

 実際今日は寂しい思いをさせてしまっただろうし、何より夢乃にもかなり痛ぶられていた。


 と、そんな会話をしていたらスマホが鳴る。

 スマホに通知なんて俺にとっては異常事態なため、速攻でアプリを開いた。

 するとタイムリーな方からメッセージが届いている。


『突然ごめん。明日会えない?』


 スマホを確認し、ゆっくり目を閉じる。

 明日、俺は瑠汰に殺されるのかもしれない。

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