第65話 応えられない想い

 ややあって息を切らした瑠汰がやってきた。

 薄い合服で走ってくるものだから、胸が揺れまくって目のやり場に困る。

 歩く凶器ならぬ走る凶器だ。


「さ、参上した……」

「ごめんな。場所を勝手に移動して」

「ほんとだぞ? トイレ出て渡り廊下に行ったら知らない中学生しかいなくて、泣きそうだったんだからな。……あ」

「泣きそうだったのか?」

「……ぅぅぅ。君が悪いんだぞ!? ステージに立っちゃったから中学生たちに話しかけられたし!」

「マジでごめん」


 そういえば今日俺は瑠汰の安心材料であるという役割のほかに、瑠汰に近づく中学生を追い払う仕事があったんだった。

 膝に手をついて呼吸を整える彼女に申し訳ない気持ちになる。


「寂しい思いさせてごめん」

「いや、ちょ。そんなガチなのやめろよ……」

「でも」

「大丈夫だぞ? アタシは気にしなくても君以外にはその……心を開かないから!」

「それはそれでどうなんだ」


 相変わらずよくわからない事を言う瑠汰に俺は苦笑した。


 と、存在を忘れていた少女がひょっこり顔を出す。


「あ、さっきステージに立ってた変な人」

「……ッ!?」


 夢乃の言葉に顔をバッとあげる瑠汰。


「へ、変な人?」

「うん。でも可愛いですね!」

「……ありがとう」


 魂が抜けたような顔で感謝を述べる。

 彼女はぶつぶつ独り言を呟いた。


「……あは。案外ウケてたし成功したと思ってたけど、変な人かぁ…… さすが瑠汰ちゃんクオリティ? あは、あはは……マジで草」


 何を言っているのかはイマイチ聞き取れないが、かなりショックを受けているのは分かった。

 憐れ碧眼巨乳。


 と、不意に真顔で立ち直る瑠汰は俺に聞いてきた。


「で、この子は何?」

「あぁ」


 俺は紹介しようと彼女に手を伸ばす。

 それに合わせて俺に体を寄せ、ピースする夢乃。

 うーん。

 違う、そうじゃない。


「鋭登君の幼馴染の妹です! 小学校と中学校が一緒でした!」

「……ちょっと近いぞ? 瑠汰ちゃんのカミソリアッパーが唸るぞ?」

「え? え?」


 どす黒い声で言う瑠汰に、夢乃はきょとんとした。


「いやぁぁ」

「あ、ごめんなさい……」

「わ、わかればいいんだよっ」


 恐る恐る俺から距離を取る夢乃に満足げに頷く碧眼ツインテール。

 ちょっと怖い。

 瑠汰はこほんと咳払いをして聞いてくる。


「幼馴染なのか?」

「あぁ、まぁ。俺と萌夏とこいつの兄ちゃんが遊んでた時に付いて来てたってだけで、そこまでの仲では」

「なんでそんな事言うの鋭登君! 一緒にベッドインした事もあるじゃん!」

「はあぁぁぁあぁぁぁ!?」


 衝撃発言に叫ぶ瑠汰。

 彼女は俺に詰め寄ってくる。


「なにしてくれちゃってるんだよ君は!?」

「誤解だ誤解! こいつの兄ちゃんとベッドでDS弄ってたら乱入してきただけだ!」

「あ、DS懐かしい」

「急にスイッチ切れたな」


 こいつの脳構造が気になる今日この頃。

 割と本気で理解不能だ。

 いや、そんなところも含めて大好きなんだけど。


 なんて頭の中で考えていたからか。

 夢乃はさらなる爆弾発言をした。


「だから会えて嬉しかったんだ! 大好きな鋭登君とこうして話せる日が来るなんて!」

「「……」」


 またもくっついてくる夢乃。

 俺はそんな彼女の頭を必死に離しながら困惑する。

 これ、どういうニュアンスの”好き”なんだ?

 場合によっては――


 ゆっくり前を向くと、涙目の彼女が目に入った。

 基本的にコミュ障だし、目の前で彼氏が他の女にべたべたされるのにも、止める言葉が出てこないのだろう。

 でも、そのストレスは顔を見ればわかる。


「ごめん、夢乃」


 俺はまだ子供っぽく華奢な肩を掴んで離した。


「俺、彼女いるんだ」

「……え?」

「今目の前にいる、この子が俺の彼女なんだよ」


 夢乃は無表情で瑠汰を見る。

 瑠汰は俺の言葉に安心したような緩い顔をしていた。

 しかし。


「え、うそっ。せっかく会えたのに? そんなぁ……うぇぇ」


 逆に夢乃が泣き出してしまった。

 崩れ落ちて肩を震わせる。


「わたし頑張ったんだよ? 鋭登君に振り向いてほしくて可愛くなろうって思って。そんで、そこで……ぐすっ。モテてた萌夏ちゃん参考にして美容院とか行ったの…… でも、想いを伝える前に引っ越しちゃうからぁ。会えるかわかんなかったけど、今もずっと好きでぇ……」


 萌夏と同じような長さの髪が、窓から吹き込む風に靡く。


 昔から懐かれてはいたが、そういう意味だったのか。

 確かに歳上の幼馴染に惹かれるってのは定番シチュだしな。

 俺如きに気の迷いを起こすのもあり得るかもしれない。


 罪悪感に押しつぶされそうだ。


 しかし、彼女を作るというのはそういうこと。

 俺の幸せの裏には、誰かの悲しみが存在すると改めて痛感した。

 まぁ俺に彼女がいる事を悲しむ奴はこいつくらいだろうが、瑠汰には多くいるかもしれない。


 だが一つ、無粋を承知で言わせてくれ。


 俺に振り向いてもらいたくて萌夏の真似をするのは意味がわからない。

 むしろ逆効果だろ。あんな女子好きにならないぞ。


「あ、こんなとこにいた」


 と、噂をしたからか、ラスボスである我が妹まで降臨してしまった。

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