第64話 能ある爪は鷹を隠す

「お前、なんで……」

「なんでって、志望校の体験入学に来るのは普通じゃない?」

「……」


 にまにまと笑みを浮かべる夢乃に俺は困惑する。

 どうしたものか。


 体育館でのイベントも終わったらしく、ぞろぞろと人が移動しているのが分かった。

 どうも休憩時間にはいったようだ。


「おい、はぐれるぞ。こんな所にいて良いのか? 友達とか……」

「いるわけないじゃん。あの中学校だよ?」

「それもそうだな」


 我が母校は基本的に馬鹿が集まる。

 市立校なため、特に示し合わせているわけでもないとは思うのだが、生徒らの偏差値は微妙も微妙。

 実際約二百人の学年で、全国偏差値60前後の俺は十番くらい、萌夏は二番だった。


「ってかさ。びっくりしたよ。まさか鋭登君がステージ上に出てきたからさ!」

「あ、あぁ」

「この学校に入学してたんだね。でもおっどろいたなぁ。まさか双子のいm――」

「ストップだ!」


 口を押えて周囲確認する。

 丁度校内を散策しようとしていたのか、渡り廊下を通りがかった中学生女子の集団にガン見された。

 まるで不審者を見るような冷たい視線に晒される俺。


「……何いきなり」

「あ、ごめん」


 つい昔のノリで触れてしまったが、彼女は思春期真っ盛りの十五歳。

 あんまりべたべたするのも良くないよな。

 しかし手を放そうとすると。


「ッ!? 舐めんな汚ねえ!」

「わたしの口に手を持ってくるのが悪いんだよ?」


 思いっきり手のひらを舐められた。

 温かい舌の感覚が気持ち悪い。


 と、今のやり取りでさらに視線を集めてしまった。


「ちょっと場所変えるぞ」

「あ」


 俺は夢乃の手を掴んでその場を離れた。



 ‐‐‐



 佐々木夢乃は二個下の知り合いだ。

 ただ、こいつ自体と関係があるというよりかは、こいつの兄が同級生なため、必然的に知り合ったというわけである。

 家が近所だったため、そいつと俺達双子は小学校時代いつも一緒に居た。


 渡り廊下を抜けて教室棟に入り、そのまま廊下を突っ切る。

 着いたのは特別棟の人気のない階段。


「こ、こんな場所に連れ出して、鋭登君わたしに何する気なの……?」

「何もするわけないだろ。気持ち悪い」

「むぅ、ノってよ」

「嫌なこった」


 確かに夢乃は可愛い。

 だがしかし、こいつは知り合いの妹以上でも以下でもない。

 それに俺には大事な大事な彼女もいるからな。

 手を出すのはあいつだけ……っと不意に妹の柔らかい感触が頭をよぎってしまった。

 くそ。


 不快感に顔を歪ませる俺。

 しかし、そんなのお構いなしに夢乃は笑いかけてきた。


「久々に会えて嬉しいよ~」

「ああそうかい」

「なにそれ。酷い反応」

「じゃあどんな反応をすればいいんだ」

「そりゃ『夢乃に会えて嬉しいよ。ほら、お前の事考えたら、こんなに大きくなって——』って」

「……」

「だからノってよ」

「無茶言うな気持ち悪い」


 精一杯ひねり出したイケボ(?)でド下ネタを言う中学生に顔が引きつる。

 知らないうちにかなり下品になっていたらしい。


 と、そんなときにスマホが鳴る。


「もしもし?」

『い、今どこにいんの……?』

「あ」


 双子がどうとか地雷ワードを発する中学生をつい隔離してしまったが、待ち人がいたのを忘れていた。


「今、人気のない特別棟一階の階段スペースにいる」

『……なにゆえ?』

「ちょっと面倒な事になってさ。女子中学生一人が一緒に居るんだけど」

『な、なにしくさってんだてめぇ! エロゲ主人公じゃないんだぞ!? そういうのはアタシにだけ……って何言ってんだよ! アタシにもやめろ!』

「自分が言ったんだろうが! それにやましくないからお前にこうして話してるんだ!」

『そ、そっか。えへへ』


 相変わらず馬鹿丸出しの瑠汰に、電話越しでも恥ずかしくなる。

 どうしてあいつはいつもこんなに可愛いんだ……


 早く向かいますとの言葉を聞き、通話を切る。


 目の前の夢乃はきょとんとしていた。


「えろげ……?」

「気にすんな」


 スピーカー設定にもしてないのに漏れる声量。

 あいつは何故マイク越しに叫びながら通話しているのだろうか。

 あ、耳から血が出てきた……


 冗談はさて置き。


「萌夏ちゃんとおんなじ高校に進学してたんだ?」

「……おう」

「仲良しなんだね。意外。中三の頃はあんまり仲良くなくなかったっけ?」

「別に偶然志望校がかぶっただけだ」


 何の気なしに聞いてくる彼女に、自然と自分の表情が消えていくのがわかった。

 中三というか、具体的には中二の後期。

 いや、変なことは思い出すな。


「お兄ちゃんに聞いても、鋭登君も萌夏ちゃんも進学先知らないって言うからさ。急に引っ越すし異常だとは思ってたけど、まさか能ある爪は鷹を隠すタイプだったんだ」

「逆だ逆。鷹が爪を隠すんだよ」


 こいつ、本当にこの学校を受験する気なのか?

 俺はため息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る