第63話 だーれだ?
目の前に広がるのは体育館を埋め尽くす制服の中学生たち。
九月末という事で、衣替え時期と重なっているのか、夏服と学ランが入り混じった奇妙な光景だ。
巨大オセロでも始まりそうな勢いといったところか。
ガキどもは萌夏と瑠汰の美貌に盛り上がる。
男子だけでなく女子までもこそこそ話を始めた。
やはり見た目の話題性は流石だな。
そして当然誰も俺は見ていない。
「中学生の皆さんこんにちは。二年生の三咲萌夏です」
実行委員からマイクを受け取り、会釈をする妹。
一斉に中学生らの視線が萌夏に釘付けになったのがわかった。
「あはは。なんか緊張するなぁ。みんな今日は楽しめてますか?」
はにかむ萌夏に、前の方に座っていた男子が「楽しいですっ!」と元気に返事。
「お、ありがとう。この後も体験授業とか、いろんなイベントがあるから楽しんでいってほしいな」
中学生たちは熱にうなされたように熱い視線をステージに向けてくる。
もはやガチ恋。
僅か三十秒で虜にしやがった。
「でもでも、知ってると思いますが光南高校の偏差値は74。他の高校に比べても結構受験は大変かと思います。そこで――」
なんだかんだ学校説明や、受験への心構えに話を移行させる妹に感嘆する。
やはり陽キャってのは話術も豊富らしい。
そんなこんなで一通り喋り終えた後、萌夏が瑠汰にマイクを渡す。
瑠汰は震える手でそれを受け取った。
そして。
「あ、えと。おはこんばんにちは」
「こんにちはでいいよっ!」
「あらららら」
絶対に事を上手く収束させられない彼女さん。
なんだ”おはこんばんにちは”って。どこのゲーム実況者だよ。
萌夏のツッコミにどっと湧く中学生。
目をぐるぐる回しながら瑠汰は続ける。
「光南高校二年一組出席番号四十二番の朱坂瑠汰です」
出席番号まで丁寧に紹介。もはや何も言うまい。
萌夏は苦笑しつつ、彼女を見守る。
中学生も好奇心の籠った目で瑠汰を見つめていた。
「あ、あ……」
大量の人数を目の前にし、頭が真っ白になったのか言葉が詰まる。
すると当然沈黙が流れて気まずい雰囲気になり始めた。
このままではいけないので、耳元で助け舟を出す。
「……ご清聴ありがとうございました、だろ?」
「あ、そうでした!」
周りに悟られないように耳打ちしたのに、馬鹿丸出しで声を上げる瑠汰。
と、それを見て聴衆も大爆笑。
「ご、ご清聴ありがとうございました!」
「瑠汰ちゃん、もう全然ご清聴じゃないから。大爆笑されてるから!」
萌夏のナイスなツッコミで、なんとか綺麗に締める。
こうして短い出番は終わった。
俺は本当に何もしなかった。
‐‐‐
スピーチが終わった後、俺は一人体育館と教室棟を繋ぐ渡り廊下にいた。
ぼーっとベンチに座って外の景色を眺める。
在校生は部活生や俺達のように、特別な用事のある生徒以外は全員休日扱い。
そもそも今日は土曜日だ。
「長いなあいつら」
瑠汰はトイレ。
萌夏は教室に忘れ物のプリントを取りに行くと言っていた。
一人の時間は退屈だ。
なんて思っていると。
「えいっ」
急に視界が閉ざされた。
細いが柔らかみを帯びた手に目を覆われる。
「だーれだ?」
「……」
可愛らしい声で聴かれるが、心当たりがない。
仲が良い女子と言えば瑠汰か。
でもあいつならそんな回りくどい事をしないだろう。
照れ隠しで目つぶししかねない奴だし、何より声が違う。
ならば我が妹か?
もっとあり得ないだろう。
そうなると考えられるのは与田さんや鳩山さんくらいだが、瑠汰と付き合っているのを知っている俺にそんな暴挙はしないはずだ。
しかし、俺と瑠汰の交際を知らない女子なんて皆無である。
「誰でしょう……人違いか何かじゃ……」
「鋭登君、わたしだよ~」
「……」
一瞬人違いの線を疑ったが、名前を呼ばれては仕方がない。
ただ、俺の事を鋭登君と下の名前で呼ぶ奴なんてこの学校には猫かぶりモードの萌夏以外いないのだ。
おかしい。
俺はそっと手を放し、振り返る。
「あはっ。久しぶり」
「お、お前……ゆめ……」
「夢乃だよ? 二年ぶりかな?」
目の前にいたのは高校生ではなかった。
まだ夏用の中学生服に身を包む少女。
ぱっつん前髪がさらさらと揺れるショートカットが懐かしい。
「会いたかったよ~鋭登君っ!」
佐々木夢乃。
その子は、俺の小中学生時代に仲が良かった女子だった。
いわゆる幼馴染という関係の、女子だった。
「……」
背筋に嫌な汗が伝う。
忘れていた。
体験入学って母校からの知り合いが来る可能性があったんだ。
「あれ? どうかした?」
「いや……」
厄介な事が起きてしまった。
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