第62話 悲しみの妹
ひょんなことから親への報告も済ませてしまった土曜を終え、なんやかんや日が過ぎるうちに本番当日がやって来る。
現在体育館では吹奏楽部が演奏をしており、大量のパイプ椅子には中学生が並んでいる。
「き、緊張してきた……」
「ここまで来て何言ってるの? もうやるしかないよっ!」
「……」
猫かぶりモードな萌夏を見る青い顔の瑠汰。
俺達は体育館ステージ裏の控室に集まっていた。
膝を抱えて震える俺の彼女を見ているとなんだか和む。
「え、鋭登は平気なのか!?」
「誰も俺のこと見ないだろうからな」
こんな美少女が二人もいて、誰が俺に注目するんだよ。
「鋭登くんって変に肝だけは据わってるよね」
「ありがとう」
肝だけは、か。
このモードでも嫌味は一丁前なようだ。
憎たらしい。
外では大音量の演奏とそれに合わせた中学生らの手拍子が聞こえる。
「えっと、アタシはご清聴ありがとうございましたって言えば良いんだよな?」
「うん。あとは私が言うからいいよ」
「本当に俺がいる意味って感じだな」
挨拶から学校の説明等は萌夏が全て担当。
そして最後に瑠汰が締めて終わり。
俺はただ立っているだけ。
文化際の時よりも酷くなっている気がする。
と、瑠汰が俺の方にもじもじ手を伸ばしていた。
「なんだよ。殴る気か?」
「ちょっと手を温めておこうかと」
「お前は壇上で何をする気なんだ一体」
俺はため息を吐く。
と、彼女は何を思ったか俺の手を取ってくる。
「……は?」
「あ、えっと。おら!」
「いたたたたたた……ッ! 何すんだ馬鹿野郎!」
いつか同様、俺の手の骨を折りに来られて悲鳴を上げた。
なんて握力してやがるんだこいつ!
「ば、馬鹿って言う奴が馬鹿なんだぞ!」
「いきなり手の骨粉砕しに来るからだろ!」
「ちょ、ちょっと安心したかっただけだし?」
「……え」
「あ」
……そういうことなの?
ただ手を握りたかったってだけなのか?
「あ、いや。え、えへへ」
「……」
ヤバい。顔がめっちゃ熱くなってきた。
俺の彼女が可愛すぎるんだが。
「そ、それならそう言えよ」
「ご、ごめんな? でも察しの悪い君が悪いんだぞ?」
「お、おう……」
誤解を解き、もう一度繋がろうとして。
「こほん。もうそろそろ出番だよ二人ともっ!」
くっそ邪魔なショートボブが割り込んできた。
パッと見いつも通りな笑顔だが、右目が痙攣している。
兄のイチャイチャを目の前で見せられ続けた末路か。
憐れなり。
「なに? 萌夏ちゃんも仲間に入りたかったの?」
「……学校だからって、ずっと黙ってると思わないで」
「ひっ」
調子に乗って煽った瞬間返り討ちになる彼女さん。
こんなところも可愛い。
「……あんたもあんま調子乗るな。この前胸触ったのも許してないんだから」
「その節はすみませんでした」
「許さない」
「え? なに? おっぱい触ったの!? その話詳しk――」
デカい声で興味をむき出してくるが、またも一睨みで黙らされる可哀そうなツインテール。
しかし彼女はボソッと呟く。
「え、マジで何だよおっぱいって。一線超えてんじゃん」
「「ッ!」」
彼女の独り言に肩を震わせる双子。
瑠汰はそのまま萌夏にジト目を向ける。
「あんまりいい気しないんだが」
「……その話はあとでじっくりね。マジで事故だから……ぐすっ」
この話の一番の被害者は誰だろう。
少なくとも俺ではない。
萌夏は俺に悪口を言われた挙句に初めてのおさわりを奪われ、なおかつ友達にあらぬ勘違いをされている。
そして瑠汰は珍しく若干引いているし、すこし悲しそうだ。
うーん。
とりあえず俺が悪い。
なんてくだらないやりとりをしているうちに、実行委員の一人が迎えに来る。
とうとう出番が来たらしい。
吹奏楽部の演奏に拍手が送られている外の声に、若干鳥肌が立つ。
今から五百人近くの前に立たなきゃいけないのか。
しかし、俺は立つだけだ。
隣で話すのは妹と彼女。
二人が頑張ってるんだから、まぁ覚悟を決めないとな。
そうして俺たちはステージに上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます