第61話 変な商売してません

 黙ってゲームをする二人を見ているのも暇なため、俺は頃合いを見計らって部屋を抜け出す。

 気付けばもう夕方五時を過ぎており、びっくりした。

 どれだけゲームに夢中なんだあいつらは。


 呆れながらリビングに向かうと、ちょうど母親が帰って来ていた。


「おかえり」

「あら鋭登。わざわざ出迎えてくれたの?」

「ただ喉が渇いてたから来ただけだよ」

「可愛くない息子だね」


 はぁとため息を吐き、ジト目を向けてくる母。

 その顔は萌夏そっくりだった。


「っていうか、誰か来てるの?」

「え? あぁ……」


 そういえば玄関には瑠汰のローファーが転がっているんだっけか。

 と、事態を理解して冷や汗が噴き出た。


「萌夏の友達? 女の子よね?」

「あ、まぁ……」


 一応間違えではない。

 俺の彼女であるというのが前提にあるが、萌夏と瑠汰だって二人の友人関係がある。

 しかし、おかしな俺の反応に母親は訝し気に眉を顰めた。


「でもあんたたち、学校ではお互いの関係隠してるんでしょ?」

「……」

「高校の友達じゃないの? でも中学校の友達なんてこの辺いないわよね」


 俺達は高校進学と同時に家族で引っ越しをしている。

 元々賃貸住みだったことや、高校の近くに父親の職場があったことも理由で住居を移したのだ。

 一応言っておくが、双子バレを防ぐためにわざわざ親に迷惑をかけたわけではない。


「二人の共通の知り合いなの?」

「……そんな感じ」

「ちょっとその子連れてきて」

「えっ」

「気になるでしょ。大体鋭登の知り合いってだけでもレアなのに、女の子なんでしょ?」

「まぁ……」

「もうじれったい! ちゃんと喋りなさい」

「ごめんなさい」


 俺は意を決して口を開く。


「実は、彼女なんだよ」

「はぁ?」

「だから、俺が付き合ってる女の子が来てるんだよ」

「はぁ?」

「はぁ? じゃねえよ」


 他人がせっかく勇気を振り絞って報告したのに、なんて反応をしやがるんだ一体。

 しかし母はそのまま目と口を大きく開き、事を理解した後にもう一度言った。


「はぁぁぁぁ!?」


 事態は泥沼である。



 ‐‐‐



「こ、こんにちは……」

「ッ!?」


 ダイニングテーブルに座った俺達四人。

 瑠汰の第一声を聞いて母親はビクッと痙攣した。

 そして震えながら俺に聞いてきた。


「鋭登、なにか弱みでも握ってるの?」

「自分の息子になんてこと言うんだよ」

「ごめんね。でもこんな可愛い子……」

「か、可愛いなんてそんなことないですよ。萌夏ちゃんの方がアタシの六兆倍可愛いですから!」

「えー、萌夏が?」

「自分の娘に対してなんて反応するの」

「だって、どう見てもあんたより可愛いでしょ。いや、あんたもめちゃくちゃ可愛いとは思うけどね。たとえ親でもお母さんは正直に言うわよ」

「……」


 べた褒めする母に恐縮の瑠汰。

 そして呆れる俺と萌夏。


「でもおっどろいた。鋭登に彼女なんてね……あ、お母さん泣きそう」

「やめろよマジで。惨めになるから」

「でも、でも……」


 嬉しそうに笑いながら表情を崩す母に、恥ずかしさよりも申し訳なさが勝つ。

 ここまで心配させていたのか。

 そりゃ心配だよな。

 息子がぼっちとか、心配にならない家族の方が少ないだろう。

 いや、わざわざ抉ってくる家族もいるが。


「あ、アタシはほんとに鋭登の事が好きなので大丈夫です! 弱みとか握られてません! 変な商売もしてません!」


 やはりどこかあほっぽい発言をする。

 しかしながら彼女の真摯な俺への愛が伝わったのか、母は頷く。


「よかったね鋭登。うん、よかった……」

「あ、あぁ」


 彼女の前で母親のこんな姿を見せるのは少し照れる。

 でもまぁ、瑠汰は笑っているしいいか。

 萌夏は居心地悪そうに表情を引きつらせているが。

 ダメな兄を許せ。


「ってもうこんな時間ね。夕飯食べていく? 瑠汰ちゃんのためならおばさん張り切っちゃうから」

「そ、そんな! アタシみたいなのに手の込んだ料理なんて……パンの耳で結構ですから!」

「どんな謙遜だよ」

「ほんとに馬鹿だね」


 瑠汰は俺と萌夏のダブルツッコミを受ける。

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