第59話 夫婦

 翌日、俺は職員室のある特別棟一階の少人数教室に集められていた。


 コピー機のインクなどの独特な匂いが充満する部屋。

 そんな環境で今、美少女に挟まれている。

 右隣には瑠汰、左隣には萌夏。

 先程部屋の匂いがどうとか言ったが、正直両サイドのシャンプーのいい香りしかしない。

 まぁ片方は嗅ぎなれた、もとい俺のと同じ匂いだが。


「一応聞いておくけど、朱坂さんは二人の関係を知っているのよね?」

「は、はい。勿論です……」

「なんか複雑ねあなたたち」


 目の前でため息を吐くのは担任の金木先生。

 彼女は短めの髪を耳にかけると、手元にある資料を見る。

 なんとも大人の女性っていう感じの仕草につい視線が寄せられた。

 こういう何気ないのって仕事できる感あっていいよな。


「いっ」


 呆けていると右踝をスリッパで蹴られた。


「なんだよ……」

「君が悪いんだぞ。じっと見てるから」

「いや……すまん。別にそういう気は」

「見るならアタシだけにしろよ。……あ、いや。こっちもみんな」

「どういうことだよ」


 相変わらず解読不能言語で喋る奴だ。

 どこで学んできた言葉なのか興味がある。

 と、思っていると。


「ぎゃっ!」


 左足首を蹴られた。

 右の奴と違って容赦がない。

 恐る恐る向くと、外用笑顔を貼り付けた妹が。


「もー、私の前でイチャイチャしないでよ! ……殺すよ?」

「……ごめん」

「イチャイチャしてないんだが!?」


 なんてお決まりのやりとりをしている俺達に突き刺さる視線。

 目の前の金木先生は興味深そうに眺めていた。


「あ、続けていいわよ?」

「結構です」

「ふふ。意外と三咲君ってモテるのね」

「はぁ?」


 馬鹿なのかこの教員は。

 何をどう見たら俺がモテているように見える。

 今だって彼女はともかく、妹の殺気にあてられて震えているだけなのに。


「はいこれスケジュールね」


 俺の抗議の視線は受け付けてもらえなかった。

 スッと渡される用紙に俺達は目を通す。


「吹奏楽部の演奏と各部活紹介の間の五分間……?」

「そう」

「先生、この短時間で私達になにさせる気なの?」


 恐ろしく短い割り当てに萌夏は首を傾げる。


「あんまり長すぎても午後のイベントに影響出るし、本当にちょっと話してもらうだけでいいのよ」

「縮小版の漫才くらいしかできそうにないですけど」

「いいんじゃない? 今みたいに三咲君と朱坂さんの夫婦漫才やれば」

「「ッ!?」」


 夫婦漫才だと?

 俺達の会話ってそんな風に見えてるのか。

 凄まじい羞恥に襲われた。


「先生、それじゃ私の立ち位置ないじゃん」

「彼女B役は?」

「死んでもごめんです。動物園の猿の檻に裸で閉じ込められる方がマシです」

「……」


 どんだけ俺の事が嫌いなんだよ。

 裸の萌夏に群がる猿たちの構図を思い浮かべて、悲しくなった。

 しかし同時に、昨晩の感触も思い出して申し訳なさも覚えた。

 ほんとにごめんな。


「そ、そもそもまだ夫婦じゃないのに夫婦漫才って意味わかんないし?」


 久々に口を開く瑠汰。

 まだそんなところに引っかかっていたのか。

 しかしすぐに突っ込まれる。


「まだって何? いずれはそうなりたいの?」

「あ、あぁ。うぅぅぅ……違うし!」

「ふぅん」

「あ、違います……」


 小柄な先生に痛めつけられる碧眼というのは、なんだか見ていて笑えるな。


「君も何か言ったらどうなんだ?」

「何かってなんだよ」

「うっさい」

「はぁ?」


 マジで何なんだこいつ。

 本当に俺の事好きなのかよ。


 隣のツインテールを眺めていると、先生は話を続ける。


「まぁとりあえず三人で話して何やるかとか相談してよ。日にちはまだあるから焦らずゆっくりね。幸い三人中二人は同じ家に住んでるんだし」

「一々嫌な言い回ししないでくださいよ。もー」


 ギラギラと俺に殺気を送りながら言う萌夏。

 昨日の件で彼女の俺に対するヘイトボルテージが大加速したらしい。

 マズい。

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