第50話 最後の一押し

 その日はそれから移動教室の授業が多く、瑠汰とは話す機会がなかった。

 下校もなんとなく別々に帰った。


 そんな夜、俺は滅多にしない奇行に出た。

 それすなわち。


「邪魔するぞー」


 夜更けに妹の部屋に侵入するという自殺行為である。


 彼女は既に入浴も済ませ、部屋着姿でベッドに転がっていた。

 俺が部屋に入っても鼻歌を大音量で歌っており、まるで存在に気付いていないかのよう。

 近づくと彼女はタブレットで漫画を読んでいた。


「おい」

「ひっ!?」


 反応がないため、肩に手を置くと三十センチくらい飛び上がった。

 まるで陸にあげられた魚のように跳ねる萌夏。


「こんばんは」


 挨拶をすると、彼女は両耳からワイヤレスイヤホンを外す。

 なるほど、本当に俺の存在に気付いていなかったらしい。


「死にたいの?」

「あと五十年は生きたい」

「もっと生きてよ。肉親にそんな早くに死なれると面倒。あんたの死後の処理したくないから私よりは長生きして」


 これはどう取るのがいいんだろう。

 とりあえず、長生きしてと言われたわけだから、喜んでおくべきか?


「で、何? 珍しいね」

「もう怒り終わったのか?」

「……どうせ瑠汰のことでしょ?」

「まぁ」

「来るかなーとは思ってた。逆に来なかったら一人の男として失望してた」

「……おう」


 なんとか妹からの面子は保てたらしい。

 一息吐きながら、俺は妹が座る横に腰かける。


「ちょっと、ベッドに座らないで」

「お前だって俺のベッドに座るだろ」

「そんなに私の隣に座りたいの?」

「あぁそうだよ」

「……」

「お前の椅子、小学校からの奴でクッション潰れてるから尻が痛いんだよ」

「あんたと違ってモノを大事に使ってるんですー」


 子供みたいに言った後、苦笑する萌夏。

 それを見て俺も笑った。


「どこまで知ってるの?」

「瑠汰が磯谷っていうヤバい奴に告白されたけど断ったってこと」

「ほぼ全部だね」


 萌夏は座りなおすと、スマホをいじりながら言う。


「昨日一緒にゲームしてたって言ったのは嘘。ただの通話」

「……そうだったのか」

「どうしよう萌夏ちゃんって泣きつかれてさ。確かに私は告白されたことなんて数えられないくらいあるけど、だからって人にアドバイスする程の経験もないし大変だったよ」

「……で?」

「こほん……ツッコんでよ」

「お前のボケ処理を俺に任せるのは無理があるだろ」

「……ごめん」


 最近の萌夏はお疲れ気味なのだろうか。

 まるで俺並に発言がおかしい。

 双子だが、こんなところが唯一の類似点だなんて嫌だ。


「はぁ……早く告白しないからこんなことになるんだよ」

「与田さんにも言われた」

「あんた結構陽キャ女子に気に入られてるよね。金でも詰んでるの?」

「失敬な。ただ遊ばれてるだけだろ」

「えー。いじり甲斐もないじゃんあんた。まだ動物園の猿の方がマシでしょ」


 俺への悪口のワードチョイスも俺そっくりだな。

 とまぁそれはさて置き。


「告白かぁ……」

「三年前はどっちから告白したの?」

「いや、気付いた時には付き合ってたって言うか。イマイチ覚えてないんだよ」

「はぁ? なにそれ。別れた時は?」

「自然消滅」


 俺の言葉に萌夏は絶句する。

 そしてスマホに映し出された写真を見ながら笑った。

 その写真は瑠汰の寝顔を写したものだった。

 いつの間に取っていたのか。


「まぁコミュ障同士の恋愛らしいけど」

「……」

「あ、じっと見てどしたの? この画像欲しい?」

「……欲しい」

「ざんねーん。あげませーん」

「……」

「マジで睨まないでよ。今度自分で撮ればいいでしょ」


 今度か。

 果たしてそんな機会が来るのやら。

 今日の事で、瑠汰が自分といつまでも一緒に居るわけではないと再認識させられた。


「まぁなんでもいいけど。とりあえず思いは伝えな。話はそれから」

「……おう」


 思いを伝える、か。

 やっぱりそうだよな。


 正直ずっと気持ち悪かったんだ。

 元カレとして、あくまで友達として接してくれているだろう瑠汰に対し、俺だけ邪な感情を抱いている現状に罪悪感があった。

 騙しているような気がしていた。


 ただ一つ懸念としては、俺が以前立てた目標を達成できていないという点だ。

 まだ脱陰キャしきれていない。

 やはりコミュ障、陰キャ、ぼっちなどという恥ずかしい肩書きを払拭した後で、瑠汰には思いを伝えたかった。


「萌夏」

「なに、急に名前呼んで」

「俺、変わったかな」


 期待はしていない。

 嫌味な妹の事だ。

 どうせロクなことを言われないはずだ。

 だがしかし、他でもないこいつに聞きたかった。


「俺、瑠汰と再会した一か月前に比べて、変わったかな」


 横に座る萌夏を向いて聞く。

 と、彼女は吹き出した。


「何言ってんの。あんたはあんたでしょ」

「……そうか」

キモい陰キャには変わりないよ」

「……」


 思った通りだ。

 これはこれで萌夏らしくてまぁいいかと、諦めて部屋を出ようとした時。


「でもさ」

「ん?」

「最近毎日楽しそうでいいと思う」

「……そうか。そうだよな」

「瑠汰に感謝しなよ」

「あぁ、ほんとに。あいつのおかげだ」


 妹の一言に救われた。

 そして決心した。


 明日、俺の想いを瑠汰に伝えよう。

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